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【シャドウランにおける日本史】第一章;明治から二次大戦での挫折まで(旧原稿) 

 明治時代、日本人は、アメリカ的思考・価値観の精神的植民地にならぬよう「和魂洋才」を唱えながらも西洋科学を急速に学び、取り入れていった。そして与えられた全てを存分に吸収すると、アメリカに追いつき追い越すべく必死に働き――遂には彼らを凌いだのであった。

 この成功は名誉心のたまものだった、と考えられている。かつて大名体制の下では、武士道の名誉が日本を護っていたし、そしてその後には、日本初の憲法によって「主なる天の御子」「神に選ばれたる者」と見なされた天皇が、精神面と行動面の双方に渡って国民を指導したのである。

 しかし、この天皇権力は第二次大戦の終結と運命を共にすることになる。戦後の天皇はただの権力なき象徴的人物となり、これとともに日本は、理想という相続品の根幹を――従って、名誉心をも大いに失ったのであった。


前書き ← → 第二章


(以下コメント。大いに読み飛ばして結構)



・はじめに


 シャドウランにおける日本の設定、ということを語るのに、戦前にまで言及することはない、と思われるかもしれません。つまり、歴史を語るにしても、現実世界の歴史の流れと明確に乖離する段階から書けばよい、と。

 この場合、高度経済成長期から(石油ショックはあるにしても……あったのかな)バブル崩壊を経験せずに成長し続けるところから書き出すことになります。サイバーパンクというジャンルの成立時代から見て必然的な切れ目と言えるでしょうし、むしろ当初はそこから書き出しました。しかし敢えて明治時代の記述から紹介したのには一応訳があります。


 第六世界における「日本帝国」は当然ですが我々の知る日本国ではないし、ましてかの大日本帝国でもありません。と言ってもデザイナーはこの日本帝国、「日本の帝政国家」を、(7、80年代に「なりそう」に見られた)経済覇権国としての日本国と、帝国主義の時代における大日本帝国をベースとして合成し、作り上げたのであろうから、我々がシャドウランにおける日本帝国のイメージを掴むためには「どのような歴史観で大日本帝国が描かれているのか」を見ておくべきなのです。

 新たに創り上げられたものを見るよりも、我々の知識にあるものがどのような視点で記述されているのかを見た方が、段階的な理解に役立つというものでしょう。

(なお、上述の「日本の帝政国家」という単語は「Japanese Imperial State」の直訳のつもりですが……難しいね直訳(正確な語義の置き換え、という意図で言っています)って。天皇の国家、とかの方がいいんですかねぇ。少なくとも「帝国」は直訳ではないです。Empireでないからには違う価値観、ニュアンスが潜んでいるのを見るべき。ちなみに「大日本帝国」の公式訳は「the Empire of Japan」、対外文書では基本的に「Japan」のみ)


 まあ、長々と書いた割には、対応する本文も、そこから言いたいこともわずかしかないのですがw、とまれ、こんなことを考えてますってことで。



・戦前帝政への視点


 第二段落の第二文以降の後半から、第六世界日本についての重要なキーワードが読み取れます。すなわち、天皇のあり方についてです。端的に言うと、ここでの天皇はカリスマ的指導者であり、日本の名誉の体現者であり、または王権神授説における専制君主であるように描写されているわけです。

 キリスト教帝国的理念における「Emperor」像が垣間見れる描写ですね。邪推にもなる物言いをすると、「天皇が大名政権を覆して、王権神授説を基とした憲法を作った」というような見方をしているような気さえしますが。

 現実にこれに対応しそうなことはというと……明治天皇自身も大きな関心を寄せ、その名で(天皇自身の書名で)発布がされた教育勅語くらいでしょうか。拝礼や奉読が訓令されたり、特に昭和に入ってからの神聖化方針などを見るに、本文のような記述をされる余地はあると言えるでしょう。

 と言っても、やはり現実に天皇が表立って動くのは稀なことであり、昭和天皇などが天皇機関説に支持を与えていたりしたほどなわけで、天皇が大権を振るって国家国民を全面的に指導していった、などとは言い難いですね。


 と、4段落に渡って色々書いてきましたが、別に本文の様な描写あるいはレッテル貼りをする余地があるのは確かであって(特に外国の一般人からしたらね……つまりこの記述の背景の時点ですでにパラレルワールド、としなくても大きな問題は起きません)、史実が云々というのはここでは重要ではありません。

 要は、

「日本の精神を体現していた神権的指導者・統治者(である天皇)が、二次大戦の敗北とともに没落した」

という歴史観で第六世界の日本が描かれている、ということが重要なわけです。つまり「現在の日本帝国」の天皇はその再来として、政治的実権を持った(つまり、「能動的に表の政治に関わらない」という伝統的態度は持っていない)存在としてデザイナーが設定するだろうことがここで分かります(少なくとも、「これが書かれた時代における日本」に関しては、ですが)。



・ユーザーとしてどう扱うか


 天皇の政治的態度に関しては、まあ「そういうものなんだ」と一度思ってしまえば特に問題もなく受け入れられるでしょう。具体的には、詔勅が法と同列(おそらく重要度はより高いと見なされるのでしょうが)の存在として出されるような体制ですね。映画の『ラストサムライ』を見て違和感を感じずにいられればクリアーのハードルは大分低いでしょう。

 「戦前帝政への視点」の最後の方で述べたような、より現在の日本に近縁な設定を作る、という方法も有用でしょう。この場合、プレイヤーの実記憶にある「現実」からどう乖離・変化していったのか、という架空史を考える的楽しみが増すことでしょう。

 まだ二次大戦までしか語っていないので、ここで「こうすると身近な状況からのダイナミックな変化を演出できるだろう」とか言うのはまだ早いのですが、要は「天皇の発言力を増大させ、それに乗じて自らの力を増そうと暗躍する黒幕たち」がいればよかろうわけです。それに関連したイベントをちりばめていけばいいでしょう(実は『イヤー・オブ・コメット』の方に「第六世界の天皇は20世紀以上に傀儡的存在となっていた」という記述があるので、適合的と言えなくもない)。


 まあ、面倒くさいので何も考えずに前者的に受け入れるのが楽でしょうね。戦前は「天皇独裁の体制」だったし、再び「大権」という枠が用意されたのだから、再び権力を握りたくなることもあったのでしょう。世界の動きを見るとかが好きな人は後者の方法をやってみると面白いと思いますが。前者でもそれに応じた架空史は当然あるわけですが、(比較的)身近な状況からの変化、パラレルワールド化を考える方がより楽しいと思いますからね。一応自己満足以外にも、シナリオフックがたくさん作れる(だろう)というメリットもありますね。



 → 付録

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