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まどかマギカ劇場版視聴メモ書き起こし 

 さて昨日、友人に誘われて『まどか★マギカ』劇場版の前後編一挙上映を観てきました。いわゆる映像/動画メディアの「まどマギ本編」に触れるのは初です(カット・シーン単位でなら観たことはありますが)。

 自分はどうもいわゆる映画とかアニメとか、そういったメディアに寄りつかないようなのですが、自分なりに考えてみるに、「総合芸術度が高いと摂取して処理しなきゃいけない情報が多様なのに、動画とか音楽とかはリアルタイムで情報が流れて去っていくから、立ち止まって整理したり戻って確認したりしにくいので疲れる」からなのではないかと思っています。もちろん軽く流す分にはそこら辺は大分軽減される筈なのですが、メディアを通じて情報を摂取する形態の拘束力が強いんですよね、こういうリアルタイムプレイ総合芸術って。その点本は、パラッとめくってちょっと確認して即座に戻れるという利点が……(怠惰

 特に、それがすごい作品だと分かっている場合は観ながら認識が蒸発しないようメモを取りたくなろうというものですが、ただでさえメモを取りにくい上に、映画館という場所はその作品の情動操作力や集中力を大いに高めさせる一方、殊に会場が暗いこともあってメモが取りにくいです。困ったものですね。
 ともあれそんな感じに素朴な感想を逐次——思ったことを一々全部書き留めてるなんてことは当然ありませんが——書き走ったので、断片的なメモについての記憶がこれまた蒸発しない内に、速記めいた崩れ字からテキストに書き起こしておこうという作業の結果が以下です。ただの覚書きですし、時系列に沿ってだらだら書き並べてあるだけです。ついでにメモを付したりしている場合もあります。



●ピクミンCMが日の丸の空洞化(笑)を
(↑まだ始まってない。ピクミンwith東宝シネマのCM)
●家広っ
(↑これは直接的にはまどか邸で朝に母子が並んで歯を磨いたりしているシーンで書きばしったもの。あまりに広い。全般的に広い。街全体もかなりのメガポリス。Opでのほむらさんの家も広々として見え四畳半ほむホーム性は皆無、というか、この街に四畳半アパートはむしろそちらが異物だと感じさせられた)
●まどかさん決断的
(↑カッカッカと歩んで詢子さんの布団をガバッと剝がしたシーン)
●Op、「大事に育てられてきたんですね」
●裏側の示唆
(↑Opラストの舞台が裏返るシーン、以上Op)
●パン咥え女子だしっ!
●早乙女先生、こんなガヴァネス声だったのね
(↑なんか語尾がザマスでもおかしくないようなキンキン声だったので、意外に思った)
●ひとみ常識人だけど合ってる
(↑ほむら初遭遇&相談シーン、「夢で会ったような……」の解釈。まどマギの脚本実際無駄がない)
●まどかさん行動力あるなぁ
(↑テレパシーに応じて怪しげな区画にどんどん入り込むシーン)
●マミさん変身ポーズ、マジ魔法少女
●上條声高い
●ほむらさんの絵も描いてるのね(まどかノート)
●マミさんマジベテラン
(↑魔女の発生傾向語り/病院とか最悪よ、のシーン)
●マミさん圧倒的母性
(↑ゲルトルート討伐後に被害者を抱擁するシーン)
●「ルール」ってなんですかキュゥべえさん
(↑契約の時点で既に所謂魔法少女イメージとズレ出してるのに、その上でルールと言うと「ルール……って、誰が決めたものなの?」とか背景を探る質問を誘発しかねないセリフだと思った)
●キュゥべえさん殊勝
(↑なんか謝罪とかしたシーンだったかと思いますが記憶が曖昧)
●これもうさやかちゃん親公認じゃ
(↑サプライズ屋上回復祝いのシーン。なるほど上條君叩かれるわけだ、と得心)
●「誰かが間違えてあげればいい」→そのフォローをするほむらさん
(↑まどか母子の会話シーン、この時点から、まどかの「間違え」をほむらがフォローするという構造は全体の規定をなしているんだなという認識が発達していき、この先も何度も走り書くことになる)
●杏子の変身中に目玉のモチーフ
(↑胸のソウルジェムが目が開くように発生するのを見て。杏子の胸文様は縁が白ライン、白目に当たる部分が肌色で分かりにくいけれど、その後、亡父の胸元のシンボルを見ても確かに目玉状。杏子の固有魔術は幻覚とされていたけれど、基本的には邪視・魅了のイメージなのだろうと思った)
●ほむらさん超がんばってる
(↑ほむらさんがさやかを回収するために苦手だった走りで頑張ってるのを見て)
●土気色じゃん!
(↑ソウルジェムが離れている間のさやか肉体が土気色だった。実際ズンビー)
●「祈りの魔女」を殺すということの象徴性
(↑別に祈りの魔女ではなくて、独善の魔女なんですが、まあそこはそれ。この象徴というのは、さやかの祈りが反転し崩れ行くポイントで狂乱的に殺したのがまさに「祈り続ける」魔女エルザマリアであった、という構図にはじめて気付いたということ)
●Ed:まどか全員を越えて行く、走り出す、止めようとするほむら、ラスト神シルエット
(↑前編のエンディングを見て。まどかマギカという作品の全体構造をそのまま落とし込んでいる)
●このプロローグの後にこの希望あるOp!
●Op:あらためてまどかの主人公性を強調/まどかの作る新世界を示唆(最後の空)
(↑後編開始。まず前編終演部、さやかが魔女化したシーンを映し、それからオープニング。強く対照的)
●まどかさん飲み込む
(↑記憶不覚)
●ファサァッやめようよ!
(↑いわゆるシャフ度やほむらさんのファサァがギャグにしか見えなくてないし見えなくなってきていて困った)
●異知性SF:論理的な宇宙人と感情的な人類という構図→宇宙を航行したりどうこうするほどの文明を発達させることと「論理性」の親和性
(↑キュゥべえが自らの文明について開陳し地球人を感情的だとか言い出したシーン。SFのテンプレについて)
●この子供の変化、親の深刻さが足りないのでは
(↑まどかさんが闇を一層抱え込んでるところで、絢子さんの影がまったく劇中から消えているので思わずdisってしまった。その後にこの件に関するフォローはあるのでHAHA)
●ハイカラな町並み
●希望を餌に誘導することに長けたキュゥべえ
(↑無論、杏子の思考を誘導し破滅させようとしているシーンです)
●まどかさんホントに決断的で勇気あって雄々しい
(↑杏子の誘いへの返事のシーンだと思います)
●[Organum] オーケストラ、音楽の機械性/呼びかけ:感情・情動と、機械の対比
(↑オクタヴィアの結界内のオーケストラを見ての話ですね。中世西欧における、単なる演奏・「芸」ではない神の調和と秩序を理解するためのものであり数学や天文学と同列に置かれた音楽musica、教会で神的な音を奏でるために使われ、かつ道具・器官・機関・機械といった性質を持つ言葉organ(um)をそのまま固有の名として冠された楽器オルガン、といったイメージからまずOrganumと大きく走り書いた。神の秩序的調和を知るものと上で書いたが、オーケストラ集団にはしばしばフィルハーモニー(調和を愛す)と冠されることにも注意。このmusicaする人と、ただ歌ったり演奏する芸人cantor(歌う人の意)が対比されるという中世的構図があるのだが、己らの実存をかけて情から呼びかけを叫ぶまどかや杏子がcantorとして、オーケストラとそれに沈むオクタヴィアと対比されているのではないかという趣旨のメモ)
●マミの寂しさと杏子の寂しさ、同質と再話
(↑杏子の「一人ぼっちは寂しいもんな」のシーン。杏さや文化を発達させるキーフレーズではあるのですが、映画は全体として圧縮されている関係で、全体を貫く同質的テーマがよりよく見える。魔法少女という存在についての一般性。最終的にそこを救済するまどかさんですが、この時点で既にマミとさやかに一縷の救いを与えていることは明示された。おそらく杏子にも)
●謎のケルト十字墓(音楽もいわゆるケルトミュージック?)
(↑杏子玉砕後の赤い追悼シーン。楽曲については、知りません)
●赤い光の反映の逆さ十字形、一番下の部分が頭にも見える→逆さ張りつけにあっているイメージか
(↑なんていうんでしょうね、ああいう光の表現。レンズフレア?ともあれ、色調が赤で無数の墓碑が立っているシーンをカメラが遊覧し、その中でほむらさんとキュゥべえが言葉を交わすわけですが、カメラ手前の方に光がずっと映ってるんですね、逆さ十字型の光が。その逆さの方の光で円形に膨らんでいるところがあって、なるほど逆さ磔の殉教者のイメージか(とりあえず杏子が)、と、そういう話)
●死屍累々:ほむらが歩んできた履歴のイメージか
(↑墓碑の山について。ほむらが見てきたものでもあり、魔法少女一般を語っている表現でもあり、と思う)
●「やらせないわ、絶対に」で逆さの頭が外れる
(↑キュゥべえが「(杏子が死んで)これでもう君以外に戦える魔法少女はまどか一人というわけだ」に対してのほむらさんの台詞。この台詞の辺りで上述の頭めいた丸い光が外れた。運命を変えるという決意の反映か、あるいは結果的に変わる定めを予示するものか、あるいはシーンの性質が杏子を思うものから別の主題へと転換したことを意味するものか)
●(何か書いてあるけれど意味が分かるように読み取れない。いずれ要確認)
●おどおどするほむらを見て輝くまどか表情
(↑第十話相当部冒頭、初期ほむらの転校シーン。劇冒頭のキリッとしたほむらさんを見て脅えめにするまどかさんとの対比は無論ですが、弱ってる人を世話したい的な欲求が……いや、まあ)
●「せっかくだから名前に合わせてカッコよくなっちゃえばいいんだよ!」→ループ後ほむら「やめとけ」「やめろ」
(↑「別の自分になりたいとかロクなもんじゃない」)
●マミさんワルプル襲来を知っている
●二回目にして恥ずかしがられる
●起動装置も!火力スゴイ!
●マミさんの決断もそうだけど、その直後に泣きながらマミさんを即殺するまどかの決断性と鉄の意志
(↑無論「みんな死ぬしかないじゃない」のシーン。マミさんからすれば本当に他の選択肢がなくなった結果として最適戦術を即断しているわけですけど、これに対応してマミさんのソウルジェムを撃ち抜いて即死させるまどかさんも相当です。マミさん以外には反撃の他に逃走や説得といった選択オプションがある筈。でもそんなのは完全放棄してる。「説得は無理だろうし今のタイミングを逃せば被害が拡大して殺されちゃうから」とか判断したのかもしれませんが、どんだけなのですかこの子)
●やっぱりまどかさん鉄の意志
(↑「わたし魔女になりたくない」として自らの死を求め友に頼むシーン)
●「耳を貸しちゃだめ〜!!!」 →諦めちゃダメだ →ほむらが落ちる奈落はまどかさんの尻拭い
(↑それが自分の祈りだから他人がどうこう言うことではもちろんないのですが、まどかさんの「間違い」をひたすら尻拭いして奈落に落下し続けるほむらさんの姿が視覚的に表現)
●まどかさんの主人公性は何度も強調されてきたけれど、やはり十話相当部ではほむらの主人公性圧倒的
(↑絢子さんの言葉が徹底的にほむらさんの上に積み上がって行く辺り、ほむらという存在が、物語全体における「まどか」という役割の半身を請け負っているという位置づけがきちんと確認されると言える)
●「信じてたのに裏切られたの?」→キリスト論へ
(↑まどかのキュゥべえへの台詞「みんな、信じてたの?信じてたのに裏切られたの?」。まどか神が如何なる救済であるのかを端的に示唆する端緒となるフレーズですが——何故これまで気付かなかったのかまったくウカツでした。所謂「信じよ、さらば救われん」を連想すべき台詞だったのね。マタイ21:22「祈りの中で信じて求める一切のものを、あなたたちは受け取るであろう」キュゥべえ「求めた願い事の結果は受け取ったじゃないか」まどか「信じて求めたこと、その希望が裏切られることがあってはならない」という話か、と)
●「こういう結末は」→すべて「結末」がキーワード
(↑おぼろだけど、早乙女先生の台詞?恋愛絡みの結果が甘酸っぱいものでなくこうなってしまうと……という。もちろん同時に、物語的には魔法少女の「結末」がこうである、ということ。そうでない「結末」を求めて奈落を落ち続けるほむらさん/実際ほむらさんの冒険もワルプルギス直後という「結末」だけを目標にしており、その後の展開は想定していないという時間観で動いている)
●絢子さんの台詞からはじまり早乙女先生の「いきなり大人になっちゃう」で回収
(↑伏線を回収、ということ。絢子さんのまどかへの台詞「大人になる前に間違え方も勉強しておきな」「若い内は怪我の治りも早い」「大人になるとどんどん間違えるのが難しくなる」「背負ったものが増えるほど下手を打てなくなる」/早乙女先生の絢子さんへの台詞「あの年頃の子はね、ある日いきなり大人になっちゃったりするもんよ」 まさにほむらさん。いや魔法少女全般に言えることではあるけれど。そして半身としてのほむらさんに背負わせてきたものを背負って、まどか、神に)
●ギロチンが!ギロチンが!(背後のシルエットの機能)
(↑たしかほむらのまどかへの「本心」告白シーンで、ほむら邸の上にぶら下がって振り子のように往復していた、刃のようなシルエットのものが、まどかをだきしめるほむらのちょうど首の辺りを。「あなたをわたしに守らせて」「無理ですねハイ」という暗示か)
●「でも……!でも!」まどかさん□* ホント決断的
(↑*□はなんか一文字、よく分からない。 多分キュゥべえへの台詞?「希望を持つ限り救われないっていうの?」の問答の後、かな?『The Beginning Story』には書いていないので、同収録脚本でいえば「だがその涙は悲しみではなく、決意と信念の涙である」という地の文をちゃんと台詞にしたもので、新たに強調したものか)
●「正しいと思ってくれる?」←「間違えてみる」の結末の反省か
(↑絢子さんへのまどかの台詞)
●今の内に間違えたら立ち直りも軽くすむ→ほむらさんの尻拭いはどんどん重く
●「もういいんだよ」←『間違えてごめん』
●まどか魔法少女宣言で即死しないほむらさんすごい強い まどか信じてる
●「最後まで笑顔でいてほしい」→杏子の「当たり前の言葉」→最終的に憶えているのはほむら一人
●天の火、肉体消えるんだ!
(↑まどか神によるソウルジェムの浄化消滅で肉体まで消えるんだー、へー、となった)
●一発の矢で終わらない→複合体の証明か
(↑ワルプルギスの話ね。なんか普通に言われてることな気もする)
●「まどかという存在の結末を……」→「結末」パラダイムの再宣言→その否定をまどかさん「大丈夫!」
●「記憶」が残されていない/最初のマミさんの話から続くテーマ/回答がまどかさんから
●独りぼっちテーマ→常在・遍在→「結末」パラダイムの超克
(↑ウロボロスめいて結末のない存在となり時間の拘束を離れ永遠に——劇中マミやさやかや、あと杏子にもしたように——魔法少女たちの傍に寄り添って見守り憶えていて、グロテスクな魔女という結末の具現から救うまどかさん)
●「諦めるのはまだ早いよ」→「諦めたら終わり」テーゼ
(↑これも劇中を貫く主題の一つ)
●「信じようよ」→信じる者は救われる /→リアル奇跡
(↑記憶の持ち越しとリボンね)
●「手間かけさせちゃったね」→ほむらさんホントに手間かけたよね
●ラスト:人魚姫の涙
●最後の落下シーン、SFらしい鉄壁スカート
●荒野シーンについて:これまで散々心象風景を使ってきただけに、これを即「物的現実」と考える必然性はない
(↑ほむらさんの黒翼のシーン。でもこれについては心象風景の多用は映画版の特性ではないかと疑って観賞後の食事で連れに確認したところ、そうではないかというような返事。あの最後のシーンからくる終末的見方を修正する意図も込められているのでは。というか終末を描いちゃったら続編作成に支障がw)






 とりあえず以上で。いずれ何かまとまった文章にするべきなのでしょうが、これだけ書いておけば誰か親切な人が既存文献を紹介してくれたり何か文章を書いてくれたりするにに違いないと信じています。/流石に何か書くとなるとTV版を全編に渡って観て、映像を何度も何度も繰り返し確認したりすべきという義務感が働くのですが、あまりにエネルギーが必要なので距離がほしい……
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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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