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今週のネギま感想と「~使い」について 

・今週のネギま


 ちょ、ゆえっちなんで無詠唱呪文なんか使ってるのw
 流石にやり過ぎじゃないかこの成長は……

 しかし流石赤松健、相変わらず上手いですね。このところの流れは

1.修業の成果見せ(特にこれまで「戦力」という観点が薄かったキャラの)
2.旅立ち・舞台変更に伴う、既存の関係性(共同体)の崩壊へのフォロー
3.主人公組への新人の投入儀式(多分)
4.主人公組の「枠」の明示化(+命名)

という4つの総体的ストーリーラインを同時に解決しつつ

5.某主要キャラのコンプレックスを社会的に承認される形で昇華
6.「親友」間に(一方の激変により)発生した断絶の昇華・再構築

といった重要な個人ストーリー要素をはめこまれている流れ。で、これをキーアイテム一個を軸に、すっきり解決されるだろうという(あのペンダント、関連商品としてかなり売れそうだなぁ少年マンガなのにw)。いやあ、まさに周到。



・ネギまに関連して


 そういえばこの辺で以前からのチャーハンやら牧口やらの疑問批判に答えておくか。見てるか分からんけど……


 私はネギまを素直に、王道として高く評価しているのであって、君らにいつも言っていた「狂気しか評価できない人間には分からない」という台詞は心底本音なのだよ。

 ストーリー要素の配置、連関、表現。世界の描き方、世界と、主人公の周囲の間の描き方。主人公のいる「中心的」風景と、その背景空間(キャラ郡)の有機的な混合。ご都合主義があってもそれが「自然」なこととして流されることなくフォローが入る。

 何故評価しているのかと言うと、ただ「優れたマンガ」であって、しかもそれだけで絶人の位置にあるからだ、と第一に言うことになるよ。無論テクスチャへの性向的魅かれもあるけどね。


 オタというやつはよくよく狂気ばかり称賛する傾向にある。狂気と言って悪ければ「情熱」とか「パンク」とかでもいい。まあ、そういう傾向があるのはしょうがないことだし、実際それらは高く評価すべきだと思う。例えば「諸君、私は戦争が好きだ」とか「テニス使いによる超格闘マンガ」とかね。大好きだろう?俺もだ。でもパンクによってしか立てないのは(マンガがじゃなくて、読者側が)ダメだと俺は思うw

 まあ、普通の人気作は両方そこそこなもんだけどねw。パンクさが一定量以上あると世間にスルーされるしw。



・エキゾチックウェポンマスターもの(ジャンル名)


 ところでテニス使いと言えば、同じ雑誌の「バレーボール使い」はすごいエポックメイキングだと思うんですが何で流行ってないんだろう。この「~使い」って絶対「ツンデレ」級の偉大な熟語述語創造だって。

 これまでなんとなく目にしてきた諸「変な道具/スポーツ/etcによる、バトルっぽい展開」。「あれは要は《特殊武器習熟》だったんだ!」と初めて明示化したんじゃないか、と思うのですが……偉大だと思うんだけどなー。

 この概念を使えば、そりゃTCG使いのケンセイ(魔剣使いでもディアボルスでもソードマスターでもいいけど)が己が武器と心を共有するのも当然というものですよ。「俺はカードを信じるぜ!」がなんと自然に見えることか!


 あーでも、遊戯王はそこまでTCG使いじゃあないな。むしろデュエルマスターズ。む。お、おお!これでデュエルマスターズとテニプリを評価する共通軸が生まれてるじゃないか!やっぱ偉大な述語だー!

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コメント

主張は分かったが具体的な答えにはなっていない喃、同志。
コメント欄で兎角言うつもりはないが、コメント欄の機能テストを兼ねて誤解を一つ解いておきたい。
俺こそが正気なのだ
あと俺は常時「軍オタ的趣向」から見ているということ。何より俺はネギまこそ狂っていると思っていることも付け加えておきたい。
俺は「何故ネギまのような狂った漫画を正気で愛好するのか」と疑問に思っているということだ。

正気を自称する(俺もまた自称するが)君ならわかるだろう。狂気の者とコミュニケーションは成立しないと。つまり俺と君との間にコミュニケーションは成立しない。
むしろ思うに、「己が思うところの狂気を主に構成された」存在と意思疎通できると考えることは狂気の兆候なのではあるまいか。

主は主観的狂気と客観的狂気を使い分けようと申されるか。まさに狂気に踏み出している兆候じゃ。
このことに関する如何わしい記事を今日明日に当方のブログに掲載致すので、宜しければご覧あれ。

分かり切った常識的なことを言う限りにおいては同意に達せるようだね。分かってはいたが、君もやはり人類という思考の枠の中にいるということか。まあ、狂気と言う語彙の用法の齟齬についてはさておき、君が自分の論説を書きたいと思うなら
「何故『ネギま』が軍オタ的趣向から見られるべきなのか(君が『常時『軍オタ的趣向』から見ている」ということは無論持っている知識だが、客観性を主張するならば、その趣向と対象との適合性・妥当性についてまずは述べるべきであろう)」
「何故狂気と思うのか」
という前提について冒頭で論じてみたらどうだね。もちろんここではなくて自分のところで頼むよ。

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