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「アナログ」と「アナログゲーム」の話 

 某所でアナログゲーム云々という話をしたのですが、twitter上でそのアナログゲームという言葉についての話を少し引き合いに出したら、この言葉の周囲に各所で多少話題が展開したので、当初の話を改修して(前半はほぼ増補ですが)ここに載っけておくことにしました。アナログゲームというジャンルについては別の記事で概説しましたのでそちらも参考程度に。


■ はじめに

 アナログ。おそらく現代日本社会において、概ねこの言葉は「デジタル」と対になって捉えられている言葉だろう。それも、音が類似する「アナクロ」と重ね合わせられたイメージとして通用しているのではないだろうか。「アナログ人間」とはこれを象徴するような言葉である。「何もかもがコンピュータ化されてしまう『デジタル』な現代について行けない、旧時代的な存在」――率直に言えば、このアナログという文字列は(デジタルも、まあ)今や、マイナスイオン家電と同程度には間抜けた言葉にもなっているように思われる。このような素朴言語としての用法をはっきりと嫌う人もいるようだ。


■ アナログとは

 アナログ――analogue とは、ギリシア語の αναλογον(analogon)が英語に入る際にフランス語形を取った言葉である。ανα(ana:【対格】によって、即して、通じて)+ λογον(logon:logosの対格。言葉、理性、論理、理論)から構成される言葉であり、「理性に即して考えて、異なる状況・環境において相同するもの」、つまり類比し、喩えた言葉を言った。これがやがては、喩えた「言葉」から意味が拡大し、「類比した物事、類似の物事」を言うようになったのである。同じ語源から構成される言葉としては例えば、他にアナロジー(analogy)がある。類比することそのものを表す。端的に言えば、「アナロジーによって作り出されたアナロガスな物事がアナログ」なわけだが、現代日本においては「アナログ」という音/文字列は、やや同じ語群から遠ざかり過ぎたと言えるだろう。

 アナログ、が英語の文献に見出される最初期は19世紀の頭と見なされているが、この言葉が今でいうコンピュータ文化に関わる用語となった端緒は20世紀中ごろである。今で言うところのコンピュータに直接つながるような高度計算機が開発され出した頃に、計算機の仕組みは大きく二種類に大別され、それぞれデジタル・アナログと呼ばれたわけだ。

 デジタルはそもそも指を表すラテン語 digitus から来ている言葉で、そこから指で数えること、数えること、数字を使うこと、と変遷していった。「電圧の状態を利用して二つの区別できる状態を抽出し、それを区別できる記号として利用する」ことがデジタルコンピュータの基礎である。ある電線にかかっている電圧が、ないか一定以下であれば記号「0」、電圧があるか一定以上であれば記号「1」がその電線に対応させられる――どれほど(電圧が)高くても「1」である。程度は捨てて「どちらかの数字」を二者択一で指し示すということに代表されるこの記号変換と、すべてこの記号の操作によって処理することこそが、デジタルコンピュータのデジタルコンピュータたる所以だ。例えば、算盤は原始的なデジタルコンピュータである。

 一方、アナログコンピュータは、その「どれほど高いか」を問題とする。例えば、原始的には水の量やバネの伸び。その変化に応じて何らかの処理が行われ、何かが分かるようにする。水時計や振り子時計などは、原始的な形のアナログコンピュータの一種だ。さて、今で言うコンピュータ文化で言うところのアナログコンピュータとは、そのような物理量の変化関数に代えて、電圧の高低や電流の波の幅の変化を利用して演算を行なうものである。電子アナログコンピュータとも言う。基本的には、物理量の類推(analog)によるシステムだから、アナログと呼ばれたわけである。物理的意味での計算機における(量的)変化の関数を、論理的意味での計算機における関数に直接類推している、などとも言えるかもしれない。

 20世紀半ばにはそんな双方が並び立っていたわけであるが、五十年代、六十年代と時を経て、前者が勢力を圧倒的に増し、コンピュータと言えばデジタルコンピュータのこと、というような情勢になってしまった。情報工学や電子工学的に扱えるデータにすること、コンピュータ上で処理できる情報に加工すること。それすなわち「デジタル(データ)化」となったわけだが、この言葉は、コンピュータの普及とともに、専門的領域を出て社会に浸透するに到った。そして、必然的に、新たに素朴なイメージを付加されることとなったわけである。


■ そして、アナログゲーム

 ここで話は冒頭に戻る。前節で述べたような歴史を知り、また、これらの言葉を専門的に扱った経験を得るほどに、「デジタル人間」「アナログ人間」のような素朴な言語運用を嫌う素地が作られるのだろう。実際、先日書いた「アナログゲーム」の話について、そんな名前を使うのはやめようよ、という苦言を頂いたこともある。とはいえ、この言葉は実際にそれなりに通用しており、またこの先普及して行くであろうことが予測されるので、敢えて避けるのも微妙なところである。

 社会における使用状況についてのサーベイ資料等は流石に持ち合わせていないが、今後の普及が見込まれる根拠は簡単に説明することができる。つまり、このような総称を必要とした「一連のゲーム」「あの辺のゲーム」という集合をよく扱う企業サイドが、この言葉を採用しているのである。ウェブで見られる例をいくらか挙げよう。


ゲーム出版懇話会
〝「ゲーム出版懇話会(GPA)」は、アナログゲームに関係する複数の出版社、ゲームメーカーによって1996年に結成されたアナログゲームの普及と振興を目的とした団体です。〟

ホビージャパン
〝■ボードゲーム/アナログゲーム〟

グループSNE
〝主な事業内容
オリジナル・アナログゲーム(TRPG、TCG、ボードゲーム)のデザイン、シナリオ制作〟

アークライト
「製作」ページ:〝アナログゲームのシステムデザイン
ボードゲーム、カードゲーム等のアナログゲームに関するゲームシステムデザインを承っております。〟

タカラトミー
『人生ゲーム』とは:〝ルールがシンプルで子どもから大人まで誰もが簡単に楽しめるアナログゲームの魅力を最大限に活かした“家族のコミュニケーションツール”として親しまれてきました。〟

メビウスゲームズ
p3:〝コンピューターゲームのようなデジタル系のゲームもあれば、それとはまったく反対にあるアナログ系のゲームもたくさんあります。皆さんに一番よく知られているゲームは「人生ゲーム」でしょう。ほかにも「モノポリー」「バンカース」といったところが挙げられると思います。また私が子どもの頃は双六といったアナログゲームでもよく遊びました〟


 ゲーム出版懇話会とはアスキー・メディアワークス、エンターブレイン、富士見書房、ゲーム・フィールド、新紀元社、ホビーベース・イエローサブマリンが構成する業界団体であり、かのJGC(ジャパン・ゲーム・コンベンション)の主催団体でもある。さておき、このくらいの例で十分かと思う。これに伴い、と言っていいだろうが、雑誌『 Role & Roll 』や『ゲームジャパン』、その他の専門誌の紙面上で「アナログゲーム」が使用されているのである。

 そもそもこの枠組み自体、特定の原理に主導されたとは言い難く構成的なものであり、アプリオリな観点からの名が形成され難いと言えるだろうから、ユーザー全体の統合機能を少なからず果たすであろう企業サイドの提唱する用語がユーザー間に広がっている、ないし広がっていくであろう、と推論して大過ないだろう。

 同じ枠組みを表す総称は他にも見受けられる。先日の記事で言及したように、例えば「卓上ゲーム」「テーブルゲーム」「非電源ゲーム」が挙げられるだろう。実際、これらの言葉を使うことは私にもある。とは言え、アナログゲームを優先的に使ってはいる。何故かと言えば、まさにこの「アナログゲーム」という言葉の持つナンセンス性故にである。

 用語文化の基盤として、「テーブルゲーム」はカジノ等で行われるようなカードやルーレットタイプのゲームを、スロットの類いから区別するための用語に始まっているように思うが、我が国ではコンピュータゲームのジャンル名として採用されているのが積極的な推進要因なように思われる。「卓上ゲーム」は2ちゃんねるの設定、「非電源ゲーム」はコミックマーケットの設定がそれぞれ推進力になっていると思われる。これらは「アナログゲーム」に比べて、形態的特徴に基づいた、より明瞭な表現が為されている。だが、形態的具体的に「典型」を明瞭に表している分、これらの言葉は(電源を使うこともあればテーブルにつかずに行なうこともあり得る、という程度のレベルで)包括力において劣っている。

 一方で「アナログゲーム」は、先行して社会に流通している「デジタルゲーム」概念の安易な対語として発展した単語だと思われるが、アナログ、デジタルのいずれも、我が国ではその語義が素朴社会に直接接続することがないこともあり、本稿前半でも触れたように、曖昧に社会に便利使いされてきたと言えるだろう。だが、まさにこの曖昧性故に、電源やら卓上やらといった素朴社会的にも意味が明瞭な単語と異なり、無定義用語じみた運用によって、包括的に用いることに優れていると思う次第である。


■ 終わりに

 おそらく対を為しているであろう「デジタルゲーム」の方は、デジタルゲームのゲーム性が如何にデジタルであるかは、アナログゲームのゲーム性が如何にアナログであるかと同程度に疑問の余地があるかと思われるが、DiGRA(Digital Games Research Association)やその日本支部である日本デジタルゲーム学会、またデジタルゲーム学部の成立にも見られるように、アカデミアでも所与の単語として確立したようである。

 確かにそれ自体意味不明で、素朴に濫用された言葉がよからぬという風に見えても、素朴社会において使用される語義と、アカデミックないし専門的に運用されるところの語義とを弁別し、両者をともに把握し、コンテクストに応じて適切な認知を行なうことは、人類がどのようにカテゴリを認識しているらしいかを観察する上で有用なことだろう。人間の持つイメージの結晶こそが言語であり、意味の拡大は(自然)言語の常なのだから。
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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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