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アイスランド・サガに見る古ゲルマン文化の死者観 

 twitterでワイトの話をしていてふと思い出し、昔書いたレポートを掘り出してみたので、どうせなのでここに載せておきます。限りなくただの学生の読書?レポート。あまり真面目に読まないでね、恥ずかしいから。



1.はじめに

 古ゲルマン人社会、前キリスト教期の彼らの墓制に関しては、未だ分かっていないことが多い。特に考古学的史料の分野、また南ゲルマンの分布領域についてそう言える。

 例えば、特にカロリング朝フランク王国期において、古い時代の墓地を掘り起こす(そして再度埋める)、というような活動が広く行われたことが分かっている。現在見られる中世墓の形相にはこの際の再埋葬の影響が大きく出ており、必ずしも当初の正式な葬送形式を反映しているとは限らない。また、ある墓が所謂ケルト系のものであるのかゲルマンのものであるのか、これまでの学説では副葬品が武器か日用品かだけで判断されてきたのだが、昨今になって「この単純な区別だけでは所属を確定させることができない」という認識が浸透してきた。

 史料に使ったある中世墓があったとして、その埋葬形態――身体の向き、破損状態、埋葬人数、墓の並び、といった形態――は、果たしてその墓の主の背景社会を反映しているのか。そもそも、その墓は本当に研究対象として適切なのか。このように、考古学的史料による西ヨーロッパの中世墓、またそこから派生する葬制・死生観といったものの研究は、議論の前提段階にまで差し戻されているのが現状である。

 またそもそも考古学的史料は(それに文字等の意味記号が含まれていない限り)それ単体では意味を語ってくれないもので、死生観といったものを探るためとしては若干遠い材料である。文字資料によって裏付ける、あるいは文献研究を基盤にするといったことが望ましいと言える。この点、北方ゲルマン人に関しては、文献にも他の地域に比して民衆生活を反映したものが多く、死生観探求にもより適切な材料が多いと言えよう。

 このような事情によって、専門家ならざる筆者としては、古ゲルマン文化における死生観を見るにあたり、北ヨーロッパの文化を、文献を中心として見ていくことにしたい。



2.フヴァムのソーロールヴの話

 さて、アイスランド・サガには「死者が、死後も墓の中で生きている/活動している」という話が多い。生者の求めに応じて恩恵を授ける例もあるが、多くは生者の空間に出没し、害悪を撒き散らす話である。例えば、『エイルの人々のサガ』に次のような話がある。

 フヴァムの地に”びっこの”ソーロールヴという男がいたのだが、晩年の彼は「人が悪く、怒りっぽく、人とことを構えるのを好むような」人物であり、「疑いようもなくあらゆる点で異教時代の最も優れた」人物と称された息子アルンケルとも、敵意に満ちた関係を築いていた。

 さてある日、ソーロールヴはアルンケルと喧嘩別れをして家に帰ると、誰と口をきくこともなく、食事をすることもなく高座に座り込んでいた。家の者が眠りにつき、起きた時も彼はそのままだったが、朝の時点で彼は死んでいた。妻はアルンケルにこのことを知らせ、アルンケルは召使い数人を連れてフヴァムにやってきた。ソーロールヴの死は非常に不快なものに思われ、人びとは皆高座のソーロールヴを恐れていた。アルンケルは「死骸の目鼻をふさぐまでは前から近づかぬよう」周囲に警告し、壁に沿ってソーロールヴの背後へ回った。ソーロールヴの身体を高座から下ろしたが、これには非常な力を要した。それから慣習に従って、ソーロールヴの頭から布を被せ、死骸の背後の壁に穴を開けて外に運び出すと、牡牛の橇に乗せてソールスアー谷に運び上げたのだが、これにも非常な苦労を要した。死骸を念入りに埋葬すると、アルンケルはフヴァムの父の家に戻り、財産を相続した。

 『エイルの人々のサガ』において、著者の関心は、物語の文学性といった側面よりは、地方史の客観的叙述の方にあると言われている。物語性が薄い一方で、人々の習俗、動きに関する歴史的関心が深く、史料的評価が高い。そのような性質がここにも垣間見られると言えるだろう。「目鼻をふさぐまでは前から近づかない」「死者の頭に布を被せる」といった習俗が描かれているが、これは死者の魂(古ノルド語の魂 ond は、「息」を原義とする)が鼻口から戻らないようにするためであり、また「邪眼」「邪視」に対する恐れの故、と思われる。

 死の門をくぐる者の眼光への恐れはかなり広汎なものがあったようで、類例を挙げると、『ラックス谷の人々のサガ』には「一党で殺しにかかり、瀕死に追い込んだ者に布を被せたが、それに穴が空いており、彼が死ぬ直前に見た場所一帯にはその後草が生えなくなった」という話がある。

 話を続けよう。

 アルンケルは父の家で三日をつつがなく過ごし、帰宅した。だがアルンケルがいなくなると、フヴァムは途端に危険になった。夏が過ぎ、冬が近づくにつれ、人々はソーロールヴがじっとしていないことに気づいた。ソーロールヴを運んだ牡牛は怪物に乗り回され、墓の近くへ来た家畜は皆気が狂って死ぬまで吼えた。夜中には人々も彼の襲撃を受け、殺されたものはソーロールヴの近くに埋葬された。段々と人々は放牧に出ることをやめ、家に閉じこもり、あるいはフヴァムから逃げ出した。ソーロールヴは特に自分の屋敷に幾度も現れ、男達も被害を受けたが、特に妻を狙った。やがて妻は発狂して死んだ。冬になると彼の出現はつのり、ある者は殺され、ある者は逃げ出した。殺された者もまた、ソーロールヴに従って人々を襲うようになった。人々はアルンケルを頼り、彼がどうにかしてくれなければいけないと考えた。アルンケルは自分のところにいたいと思う者皆を招待した。アルンケルのところにはソーロールヴらの襲撃は起こらなかった。

 このように生者を襲う亡者の例は多く、総じて言えることとして、谷口幸男の言葉を借りると「生前の悪者は一層その程度を強め、しかも生者に対して悪意をもっている」ということになる。

 類例を挙げると、『ラックス谷の人々のサガ』に、性悪で乱暴者ではあったが死ぬ直前に「念入りに家を見守るため」と言って家の床下に埋葬させたフラップという男が出てくるのだが、この男も結局は死後に家や近隣の人々に大変な厄介を及ぼした。結局フラップの未亡人は家財を持って兄のところへ避難していった――というような話が出てくる。ソーロールヴにせよフラップにせよ、生前に恩恵 Heil 乏しき者は、死後になっても、遺族に恵みをもたらすことはできず、災禍 Unheil を与えてしまうのである。

 さらにソーロールヴの話を続ける。

 春になると、アルンケルは人を集めてソーロールヴの遺骸を改葬することにした。総勢15名でソールスアー谷に行くと、ソーロールヴが葬られた塚を開けた。彼は全く腐っておらず、見るも恐ろしい様子をしていた。彼らは死骸を持ち上げると、橇に乗せると、寂しい岬まで移した。これにも非常な力を要し、また途中、牡牛の気が狂って死亡した。岬に墓塚を作ると、アルンケルは塚の回りに飛ぶ鳥でもなければ超えられないような壁をめぐらさせた。その後、アルンケルの生きている間、ソーロールヴが跋扈することはなくなった。

 さてその後、アルンケルは謀殺されることとなるのだが、彼が死ぬと再びソーロールヴは暴れ出し、猛威を振るった。そこでソルブランドの息子ソーロッドという、アルンケルを謀殺した一人にして昔アルンケルとともにソーロールヴの改葬に加わった者によって、再び墓塚を暴く試みが行われた。死骸は相変わらず腐っておらず、「見るからに化け物のようで、ヘル(死の女神)のように青黒く、牡牛のように肥って」いた。また死骸は一層重くなり、とても持ち上げられないほどになっていたので岸の方まで転がして運ばれることとなった。ソーロッドは火葬用の薪を積み上げ、それに火をつけると死骸を転がし込み、完全な灰になるまで燃やし続けた。一部は風に吹かれて遠方へ散ったが、集められる限りの灰は海に捨てられた。遂に、ソーロールヴの跋扈は見られなくなった。

 生者達の亡者への対処の一端が示されている。暴れる死者は、死骸を掘り起こして山間の僻地や遠方の岬に埋め、それでもなお出てくる者に対しては、焼いて灰を彼方――海であるとか――に撒くのだ。それ以外に、「胸に杭を打つ」「首を胴から切り離して、股の間や尻の後ろに置く」「両足の親指同士をヒモで固く縛る」といった手法も見受けられる。戦士的対処だからだろうか、首を刈ることがサガにはよく見られる。ちなみに、先述したフリップの例では、遠方に改葬されるだけでことは済んだようだ。

 灰にして撒かれても怨念さめやらぬ例もある。ソーロールヴなどその好例で、先の叙述の後、周辺に散って海に捨てられなかった灰がソーロッドの家畜の舐めるところとなってしまう。その牛の産んだ子は奇形かつ凶暴であったというが、ソーロッドは(未来視の力ある)乳母が早く殺してしまえと言ったにも関わらず、大変育てがいのある牛だと称して育て続け、やがてその牛のために死ぬこととなった。牛もまた、沼中に突進して帰らず、これでやっとソーロールヴの話は終わることになる。

 さて、ソーロールヴの話によってここで問題にしたいことは、死者……特に悪意的な死者への恐れが広く共有されていたにも関わらず、何故彼らには特別な措置が為されず、通常の死者同様に葬られていたのか、ということである。ソーロールヴとフラップの例では被害も大きく違い、法に従って裁断すると、後者は賠償金で済んだであろうが、前者は死罪が確実というところであっただろう(死者に対する裁判というのも一般的な存在であった。『エイルの人々のサガ』の、ソーロールヴの逸話の合間にも、死者の出席裁判が見られる。こちらは人々に直接的被害を為したわけでもなく、追放刑であった)。



3.死者の恩恵 Heil と、災禍 Unheil

 そもそも、ゲルマン社会にとって生者と死者はどのような関係にあったのだろうか。ヴィルヘルム・グレンベックの『ゲルマン人の祭儀と宗教』によると、エッダやサガに登場する人々にとっての生は恩恵と名誉の中にあるのであり、それらが確実な限りは彼らは不死なのだという。彼らは氏族という集団的関係性の中に生を保っており、彼らは氏族という身体の一部であった。個体の生物的な死が、その中での「死」とイコールで結ばれたわけではなかったのである。生者も死者も、場所は違えど氏族の中でともに生を保っていた。

 グレンベックは次のように言う。「ある者が己の恩恵と名誉を確信しているならば、たとえ今日命を終えることになっても、彼は己の縁者のいるところへ彼らに会いにすぐ出かけていくだろう」と。死はあくまでも「状態の移行」だったのである。名誉ある死者であれば、死後も新鮮な精神を持ち、氏族の誇りも保ち続け、氏族の恩恵に参画し続ける……つまり生者にも恩恵を提供し続けることが出来る。しかし、その名誉が霞んだ死者は、氏族にも災禍しか与えることが出来ないのである。

 生前の「恩恵」が死後も持続するという考えが反映された事例は多い。例えば、『ヘイムスクリングラ』にはこのような話が載っている。その治世に豊作が続いたハールヴダン王の死後、各地で王の死骸を埋葬したがる者が出た。死していても、王のいますところ豊作が続くと見なされたわけである。結局、遺骸は四つに分けて四ヶ所に埋葬されたと言う。

 また、氏族の死者が、生者のために活動して恩恵を為した例としては、『グレティルのサガ』に次のような記述がある。ハーラマルセイ島に老カールとソルフィンの親子が住んでいた。老カールは死後よく幽霊として出没し、周辺の農民を襲撃した。ソルフィンの庇護下にある者は災難を免れ、そうでない者は追い払われた。こうして、島一帯はソルフィンの所有するところとなったという。アルンケルの例は、アルンケルの土地であってもアルンケルが直接いるのでなければ襲撃を受けた。こちらの例では明らかに指向性――氏族の意思が見える。

 このように、死者は生者に協力することも出来た。山にいる祖先に助言を乞いに行く、というような話は、後世まで広く使われたモチーフでもある。とはいえ両者の関係には限界もあった。先に述べた死者の出席裁判の話では、死者の行いというのは、ただ水死した人々が家の炉端に出現して火に当たるのを繰り返しただけなのであるが、やはり迷惑には違いない。末には民会の形式をとった裁判によって追放されることになった。縁者氏族に災禍 Unheil を与える死者は許容されないのである。



4.災禍を及ぼす死者達への思い

 さて、では、ソーロールヴやフラップのような氏族共同体に馴染めず、迷惑をかけた人物はどのような思いで埋葬されたのか。フラップの場合だと、「妻は夫への恐怖のあまり、夫の指示通りにしないではいられなかった」とある。ソーロールヴの場合でも、世人は彼を非常に恐れたとある。恐怖故に、災禍が小さくなるように丁重に扱ったのであろうか。このような恐怖が共有されていたことは確かであろう。さりとて、アルンケルがそのような恐怖を抱いていたとは思われないし、彼がソーロールヴの死骸に対処しようとした際に最終的な始末をつけなかった理由になるとも思われない。死骸を残していても、災禍にこそなれ恩恵を為すことはないであろう。

 先に述べたグレンベックの意見からすれば、同じ氏族の者は同じ身体を共有していると言っても過言ではない。やはり、どんなに恐怖を抱き、あるいは(生前)敵対的関係にあったとしても、同じ氏族の存在に罪人として海に撒くことはためらわれたのであろうか。氏族共同体の厄介者が、死後に災禍を為す、という記述は恩恵のそれに比べても多く見られるわけだが、それに対してゲルマン人、つまりゲルマンの生者達は、今我々の言う意味に近い個人としての恐怖と同時に、共同体員としての一体意識を前提として持ち、それに反するように遺骸を処理してしまうことなどできなかったのであろう。



5.参考文献

谷口幸男『ゲルマンの民族』渓水社
谷口幸男『アイスランド・サガ』新潮社
阿部謹也『西洋中世の罪と罰』弘文堂
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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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