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現代に出現する「帝国」日本;そのイメージの源泉 

 重要なことを書き忘れていた……

 なお、「我々」とか「日本人」とかいう単語は(ここに限らず)かなり無邪気に使っていますが、以下で「我々」が主語となった文章に共感できるかは結局個人次第ではあります。それは当然の前提です、が。とは言え私はこれらの文意の一般性を信じております。
・「(経済)帝国」日本、というイメージの後ろに


 シャドウランもそうですが、「日本が急成長して再び帝国主義・軍国主義的な拡張政策を取る」という「悪の帝国日本」プロットはそう珍しいものではありません。ここ四半世紀辺りのSF然り、また現実にも然り。

 これは何故か。ただの偏見とか、戦後日本が急成長したから。そういった一般常識の範囲の認識だけでは、上のような「お話」を主張する人々の内心を理解することはできません。


 石油ショックの後、どの国の経済も長期的な大混乱に陥りました。資本主義の終わりと自由主義の終わりが危惧されたほどです。ですがそんな中。日本のみは危機から素早く立ち直り、発展を続けることに成功していたのです。

 日本の主観的には、あの時代は「高度経済成長の終わり」であったわけですが、他国から見たら「唯一日本だけが順調な経済を保った」時代。これが、日本人ならぬ外国の人間によって「これからは日本の時代だ」「日本が世界を制覇するに違いない」などと言われていた背景なのです。

「俺たちは皆倒れ伏し
 地面に這いつくばって苦しんでいる」


そんな中、世界中のどこにでも現れた日本の商社マン。彼らは「日本が世界を席捲する」というイメージの、まさに象徴・体現に見えたでしょう。

「何故あいつだけ歩き続けているんだ」

という畏怖。己らの挫折と裏表になった、征服者の幻像。それが、かのプロットの背景となり、受け入れられる素地を作ったのです。



・イメージの齟齬


 そして、それに我々が共感することは極めて困難だと言えるでしょう。

 そもそも現実に世界を席捲したかのごときイメージをもてる立場にあった者は当然、一部の日本人でしかありませんでしたし、まして現在の日本の自己イメージにおいて「バブル崩壊に倒れ伏し、混迷し、苦しんできた」という経験は非常に大きな位置を占めています。そんな我々が「世界を征服する勢いの日本」というイメージを己に投じることが、果たしてできるのか。

 さらに、この「経験」もまた主観的、と言うこともできます。外にいる人間には違う風にも見えるでしょう。つまり――ボロボロだと自ら主張しつつも、ずっと世界第二位の大国という地位を保ち続けている日本、とか。少なくとも前世紀中はずっとこのような視線で見られていたのではないでしょうか。

 自らを「ちっぽけな島国」とか表現しがちな日本の自己意識と(国土面積では上3分の1に入ってますけどね)、外から見た視点との間に齟齬が発生しないわけがないのです。



・シャドウランにおける齟齬


 というわけで「まずは歴史を知っておきましょう」とか言っといて先取りになりますけれど、ぶっちゃけこの点がシャドウラン設定を日本で運用しにくいものとしている最たる理由なのです。

 つまり、アメリカ人的には「日本が『世界に拡がる日本帝国!』になる」というのはごく自然に無邪気に書けることなのでしょうが、このフレーズは日本人にとっては、例えば「何でわざわざ帝国とか名乗ったりしてるんだろう」とか「明治時代っぽくなってるのかな」とか、はたまた「日本帝国はなんかいいよな怪しげでw。江戸時代みたいな尚武の国へ変貌したんだろうか?」とか思っちゃったりするファンタジー日本な設定であるわけです(最後のは……まあ、某サプリの少年天皇 in 武者鎧が悪いんだ)。

 しかも、その後勉強した公式サイドは、結局現代と中身は大きく変わってない未来日本を描いちゃったりしてるわけで、大枠の歴史でファンタジーなラベルを見た後に(勉強した後でも武者鎧とかね……)、細部はリアルっぽい状態をぶつけられるから、二重の混乱をきたすのですね。

 某N◎VAのように、現実世界との断絶が大前提にある世界ならファンタジーで問題ないのですが、シャドウランはそもそも現代との連続性を語ってしまっているし、また中身が実際に現実との連続性があることを明言しているため、なおさら錯虚効果が起きる、と。



・齟齬に対してどう対するか


 というわけで、そんな齟齬に対してどう対応するか、という話になるわけですが、これには以前にも書いた通り――ちょっと追加がありますが、

 1.そのまま受け入れる
 2.違和感を減らすべく、ちょこちょこ補完する
 3.スルーして俺日本で遊ぶ

の3通りの(これ以上の中間形も無論あるでしょうが)立場があるわけです。

 例えば「そんなこともあるんじゃん」とか普通に思える人や「むしろそっちが自然なんじゃない?」とか考えている人は1で何の問題もないでしょうね。バブル(崩壊)がなくてイケイケでより傲慢化が進んでいたら、勢いに乗って「帝国だー!」とか言い出さないとも限らなかった、と説明はできますし。

 と言っても、少なくともバブルの時期には既に理性が成熟段階にあった人でないとこの説明に共感できないと私は思うのですが、どうでしょうw?(私は当時幼稚園だか小学生になったかでしたね)

 まあ真面目な話、齟齬を感じない人は1で何の問題もないんですけれど、私はこういうのが気になるタチなので2の立場で云々やっているわけですね(まあ、それも楽しいからいいんですけれど)。実際にどうするのかというと、例えば上の「説明」を後押しするような事件や黒幕を歴史に配置する、という形になります。



 まあこんなところで切り。最初に「書き忘れた」というのは、『第二章』のコメント辺りに書き忘れたつもりだったんですが、どっちかと言うと第二の『前書き』みたいになりましたね。
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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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