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[プロに聞け!] 第1回:知覚の結果の伝え方(翻訳) 

by ハンク・ウーン(パイゾ編集部インターン)

 → Ask a Pro: Question One

 僕がパイゾでインターンを始めてから心底興味をそそられたことの一つに、プロが物事を――些細な、本当に何気ないことを、どう処理してるのかってことを眺めるってのがあった。例えば、あの人たちが tarrasque をどう発音しているのかとかそんな類いのことをね。で、そうしているうちに、こんなことが心に浮かんだんだ。RPGをよくプレイする人種のうちほとんどの人は、自分のプレイグループの外部の何かを体験したりすることはまったくないんだ、ってね。それならと思ったんだけど、読者のみんなの中には僕と同じように、プロのGMがどんな風に遊んでるのかを知っていくのに興味を引かれる人も多分いるんじゃないだろうか。というわけで、ここパイゾの皆さんにぶつけてみるべく、ざっと質問をいくつかこしらえてみた。

第1問
『プレイヤーに知覚判定をするよう指示する時の話ですが、成功した人を近くに呼んで、彼らにだけ結果を伝えますか?それとも、ただ単に彼らの方を向くだけで、「君(たち)には見えた/聞こえたのだが、……」と言ってしまいますか?』

リサ・スティーブンス
「私は全員の前で言っちゃうわね。プレイヤーたちを信頼しているし、彼らはみんなプロですからね。でも、誰かがどう反応するかとか、同じ文面をグループの残りにどうやって伝えようとするかとかを見ようとする時にやることはあるわね、分かった人にだけ伝えるのというのを。PCの二人がちょっと対立関係にあったりする時とか、本当に面白くなるのよ。一人が成功して、もう片方がそうでなかったりすると愉快ね。情報を共有しようとするかどうかと、もししないんだったらもう一方はどういうリアクションを取るのか、ってちょっと見てみるために、その一人に情報を渡すのが好きなの」

F・ウェズリ・シュナイダー
「状況次第だね。壮大な話をやってる場合だと、情報をマスターでなくて誰かプレイヤーの口から明らかにしてもらった方が、ずっとエキサイティングでドキドキハラハラするってのを以前発見したんだ」

ジェイムズ・ジェイコブズ
「全員の前でとっとと言っちゃうねぇ」

エリック・モナ
「マジメに、その時のドラマのテンション次第だね。もしさして重要なことでなかったり、ゲームのテンポを下げちゃうようだったら、答えはノーだ。一々呼選んで言ったりしない。でも、プレイヤーの誰かが他と違う行動方針・意図を持ってる場合は、もちろんそうするだろうね」

ジェイソン・バルマーン
「場合による。結果がすぐに明らかにならないような状況なら、多分そうするだろう。しかし、モンスターがまさに飛びかかってきて一撃食らわせようって状況で、いずれにせよ全員がすぐにそれを把握するだろうなら、さっさとそう告げるだろう」

ショーン・K・レイノルズ
「全員に言って、彼らがメタゲームをしないと信用する」

ジョシュア・J・フロスト
「全員の前でとっとと言ってしまう」

ジェイムズ・サッター
「みんなの前で。自分のプレイヤーを信頼して、彼らの誠実さに委ねる」

クリス・セルフ
「全員に。自分のプレイヤーが、プレイヤー知識とキャラクター知識の別を守ると信頼しているよ。それに、知覚判定みたいなものについて言うと、どうせすぐに全員が(何か起こるという形で)結果を知るものさ」


 この最初の質問は、僕が常々他のグループではどう運用しているんだろうって思ってきたことだ。僕としては、たいてい単に「よし、じゃあ君ら二人には見える……」という風に言ってきたんだけれど、しばらくするとこう考え始めた。「なあ……この一々ロールさせるのってほとんど時間の無駄なんじゃないか。だって、いつも誰か一人は成功するじゃないか!」。まあ、自分と同じやり方でプレイしてるのが自分だけじゃないってことが分かるのは結構なことだね。






・随想

 パイゾブログから翻訳シリーズ。どういう文章なのかはまあ、読めば分かりますね。いつもより微かに編集分を増してありますがまあどうでもよろしい。


 前置きにある「RPGをよくプレイする人種のうちほとんどの人は、自分のプレイグループの外部の何かを体験したりすることはまったくない(most people who roleplay often never experience anything outside of their own group of players)」という辺りの認識には、日米の違いが結構表れていますね。まあ私もあまり「不特定多数のプレイ環境」には足を伸ばさない方なのでアレなのですが、コンベプレイヤーという概念が成立している日本とは空気の差を感じます。


 さてお題ですが、知覚のような受動的な判定の結果の渡し方について。まあ私の場合も「状況次第」と言うことになるだろう訳ですが、要はそれが効果的と思うならそうする、という程度の話ですね。効能の例はリサやウェズリが言っている通りですが、壮大(epic)な話でなくともウェズリが言っている手法は有効だろうと思います。単純化して言えば、背景事情を包括的に把握しているマスターよりも、ある程度当事者性を以て状況を受け取っているプレイヤーの方が、伝染性のある感情・心情が表現にこもりやすいということなのではないか、と。クトゥルフとかでも上手く使っていきたいものです。

 ただ、他のプレイヤーから隠す形で情報を伝えるという技法にはたまに副作用があるようで、気をつけたいと思っています。というのも、自分にだけ伝えられたんだから、他のプレイヤーに伝えてはいけないのだというような感覚の人がままいるらしいのですね(情報を隠したがる、独占したがる人種の話ではないですよ)。私としては「そっちのPCがそれを知ったというだけの話であって、そのPCが他のPCに知ったことを伝えるのは自由」というつもりなのですが(それこそリサが言っているように「どう伝えるか」に楽しみがある)、どうもズレが出てしまう。

 プレイヤーとキャラクターの分離が薄く、それもプレイヤーの方に重心があるタイプにこういう現象が起こるように思います。はじめから「伝えていいよ」と明言するのもいいけれど、それなら全員の前で言ってしまった方がいいのかもしれない。というのも、特定PLにだけ伝えるという手法は、情報のプレイヤー→キャラクターという変換過程を使ってプレイヤー・レイヤーの話とゲーム内に表現されるものの差を楽しむものなわけですが、上のタイプのゲーマーはその差の楽しみとあまり親和性はよろしくなく、むしろその変換過程を枷のように感じているようなのです。

 まあ、「状況次第」というのはもちろん「そこにいる面子次第」という要素も含む……というだけの話か。
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