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自由について 

 RPGにおいて、我々は、我々が日常において自由に振る舞い、
 あるいは自由に思考している程度に自由である。
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コメント

そのトートロジーではTRPGが*自由な*ものだと強調される理由にはならない。そしてこれはRPGに限らないが、そうした常識的な無自覚な態度で「自由」に関して合意が形成できるのは幸運なことではないかと思う。

上ではPCとPLの分離がなされていないので分離する。
>RPGにおいて、(参加者である)我々は、我々が日常において自由に振る舞い、
> あるいは自由に思考している程度に自由である。
これはRPGという趣味が日常の延長線上にあるならば自明のことだ。

>RPGにおいて、我々が演じるPC達は、我々が日常において自由に振る舞い、
> あるいは自由に思考している程度に自由である。
これは
フィクションにおいて、登場人物は、我々が日常において自由に振る舞い、
あるいは自由に思考している程度に自由である。
と同義だと考えるが、振る舞いについては我々より自由にも不自由にもなりうるし、思考については我々の思考の全てをフィクションに還元することが不可能な以上我々未満に留まるだろう。

とりあえず反射的に

「そして、その程度にしか自由でない」

とでも書き加えておいた方がよかったですかね?
蛇足だと思って書かなかったんですが。

戯言だとわかっていればスルーしただろうね。

十色氏の想定する対立軸に関与しないからといって、
戯言などと見なされるのは極めて心外ですね。


>>TRPGが*自由な*ものだと強調される理由
私はこれの主な根源は、RPGを定義するという行為が、別概念(具体的にはCRPG)へのカウンターとして為されがちだという、社会文化的心性へのバイアスにあると思っています。

何かとの二極対立構図を作って、差違を意識するあまりに特定の性質を過剰に強調した言説をしてしまう、というバイアス。差違を提示しようと、特定の単語ばかり強調し、その結果聞く者の内でもその単語が肥大化してしまう。アンチアンチ的状況にとてもよく見られる構図ですね。これを表す概念が何故かないようなので、とりあえずテキトーに造語を拵えておきますが、えーと、反動偏向とでもしましょうか。

とまあ、「自由なゲーム」をやたら強調するような主張を私は「他者(CRPG)の存在感を意識して偏向がかかっている」とだけ言って片付ける類ですが(売り文句としてそういうのが出やすいだろうなぁ、とも思いますし)、だからといってそれに反動偏向を起こして不自由だ不自由だと言い出したりはしません。


>>PCとPLの分離がなされていない
あるゲーム概念を前にして「われわれ」と行った時、それがPCを(少なくとも単独で)意味すると思うのには無理があると思います。そして、完全に分離することに意味はないでしょう。実際にプレイする際には、重なる領域が必ず生まれるのですから。

>>RPGという趣味が日常の延長線上にあるならば自明のこと
このことに限らず、自明な筈のことが分かっていない人間がどれだけ多いことか。私が言いたいのは、まさに自覚的にそう弁えておくべきだということです。

自明なことこそ言葉にしなくてはいけません。言葉にして明示化するだけで、それは言葉にされないものより力を持ち、思考にバイアスを及ぼすのですから。歴史叙述ではよくある話です。

「自由だ」とだけ書かれていることで、自由でない部分がないかのような気持ち悪さを感じているわけですよね?ええ、自由ならざる性質もあるということも明示化するべきです。自明なことです。しかし、自由でないとばかり言うことも誤っているでしょう(私は、「自由なゲームかどうか」という話については、比較的に自由度の高いゲームだとは思っています)。

>十色氏の想定する対立軸に関与しないからといって、
>戯言などと見なされるのは極めて心外ですね。
戯れ言かどうかの判断基準はそーではないです。対立軸に引っかかるからこそ戯れ言かどうかが重要なわけで。いずれにせよレスを誤読したようなので戯れ言発言は慎んで取り消します。

びみょーなテンションなので緩い書き方しますが勘弁ください

>私はこれの主な根源は、RPGを定義するという行為が、別概念(具体的にはCRPG)へのカウンターとして為されがちだという、社会文化的心性へのバイアスにあると思っています。

自分はそれは理由の一つではあるだろうけれど本質的ではないと思っている。
TRPGには何か*自由な*と形容したくなるような魅力的な性質が備わっている。そしてその自由について説明しようとしたときに(バイアスによって、あるいは自由という概念の相対性によって)分かりやすい対立項としてCRPGが導入され、それによってTRPGが自由なゲームであることは説明されたとされる。けれどもTRPGとCRPGを対立項として語られる自由というのは、実はTRPGの魅力としての自由とはかなり違って、あるいはより縮退していて、TRPGの魅力としての自由はまだ語られていないんじゃないだろうか? それを語ることによってTRPGの魅力をより良く伝える言葉が発見できるのではないか? っていう問題認識。TRPGの自由さは自明すぎて説明がされていないのだと思う。
ああ、だから自分はTRPGを自由と形容することそのものより、その後に続くその理由の説明が自分の感覚と一致しないことが気持ち悪かったわけだ。ってことでlaeva氏の誤解を解いておく。

TRPGをプレイすることにはデザイン(設計)の要素が何かしらある。キャラクター作成とかシナリオ作成とか。そしてそうした要素はセッションの最中にも存在していて、そういう要素が自由と形容したくなる鍵なんじゃないかと思いつついまいちまとまらない。自由と言うよりは多様と表現する方が合ってるかもな、とは感じる。結末を好きに出来る自由ではなく、人の数だけ結末のある多様性って言う。

えっとあとなんだ、PCとPLに分けて分析したのはその見方によって正しくも正しくもなく取れる言葉は誤謬のためにあるようで危なっかしいなあって言いたかった。アレでそう読める方がどうかしているが。
それに
>そして、その程度にしか自由でない
と来ると何らかの風刺(洒落た自戒)か言葉遊びなのかなと。

では、かねての「TRPGは『自由』なゲームなのか?」なる疑問やら、「*自由な*ものだと強調される理由」などではなく、自由性については認めつつ、自明とされがちな自由性をより本質的な部分から分析し、より適切な解説表現を模索していくというのが今後の方向性――ということでいいのですね?

合意に達することができたようで素晴らしいことです。

>>RPGにおいて、我々が演じるPC達は、我々が日常において自由に振る舞い、
>>あるいは自由に思考している程度に自由である。
>これは
>フィクションにおいて、登場人物は、我々が日常において自由に振る舞い、
>あるいは自由に思考している程度に自由である。
>と同義だと考えるが、振る舞いについては我々より自由にも不自由にもなりうるし、思考については我々の思考の全てをフィクションに還元することが不可能な以上我々未満に留まるだろう。


これについて感想を今更述べておきますと、3つの領域が入り交じっていて、
「PLと分離したPC」についての分析としては模糊としています。

1.(フィクショナルな)異なる世界の中の人物
2.それを操作する現実世界の人間
3.フィクション一般の創造行為

の3つですが、「PLと分離したPC」という
分析視点は1のみを指すように思われます。

>>「RPGにおいて~」と「フィクションにおいて~」が同義
は、
・1において完全に成立しますが、
・2においては、フィクションは既製のものとして成立しており、その振る舞いは操作できないが、RPGにおいてはこれから動的に生成・操作できるという点で異なり、同義が成立しません。
・3においては成立します。一般的フィクションを既製のものとする前提が外れ、創作者によって動的に創作されるものに変更されますから。

一方で
>>思考については~
では、
・1においては当然成立しません。この一文自体がPCの外の領域を前提にしていますし、登場人物に思考があるなどという前提を置き、思考主体とした分析をする時点で、その思考はイコール我々の思考を還元した結果ではなくなるのです。
・2においては、この一文はフィクション一般を前提にしているのでしょうから、成立しません。一般フィクションを前にした我々という視点においては、我々の思考とは別個に存在していて、還元の対象となりませんからね。移入するということはできますが、それは無条件に「我々が想像する範囲における他者の内的要素は、我々の思考の範囲より狭い」ということでしかないので不適です。
 また、RPGに限って言っても、必ずしも成立しません。PCの思考振る舞いを制御するのが必ずしもそのPLではない、という事情が存在しますから。他PL、GM、そしてルールシステム。PCの思考に、PLの思考が内包しない領域がある場合があるのは(つまり、PLと別個に生成されたものをPLが想像する、という構造があるのは)明らかです。
・3においてやっと話題と適合します、が、2つの問題があって、私は適切でないと考えます。まず、創造において、我々が我々が思考していなかったように登場人物を動かしてしまうということがあります。この人物がこう思考することは想定外ではあるが、これまで積み重ねてきた創造の総合によると、こうならざるをえない、と。そして付加的に、RPGにおいては先段で述べた事情があります。
 さて第二に。実のところ先述の問題を内包したものですが、それ故に、先述した問題に対する疑問、へのレスポンスにもなります。それは、我々の思考、や振る舞いというのが、範囲が限られたものであるという問題です。無意識における精神活動は、意識的思考の上位にあり、範囲が広く、思考はそれが全て還元された結果ではあり得ません。まら、現在の意識とは切り離された過去の活動の結果もまた意識的思考とは別個に存在するものです。振る舞いについて言えば、我々の振る舞いもまた、我々の思考が全て還元されたものではありませんし、そもそも意識的思考の外部からの要素還元もあるでしょう。
 何が言いたいかというと、フィクションにおける登場人物「にさせる思考」というものは、我々の思考の全てを還元していないのは当然としても、それ以前に我々の思考に収まらない要素を多々抱えているものであって、その思考や振る舞いを我々未満などという程に我々の思考も大きいものではない、と言うと言い過ぎかもしれませんが――我々の創造者としての能力を過信した表現だと思います。

>>風刺や自戒
あらゆる言葉、特に風刺なんてものは常に自分に返ってくると思っています。あと、私は上で造語したところの反動偏向を嫌っているので、自分が関わる領域において、ただの風刺はあまりしませんね。故に風刺であり、自戒にもなるのですが、それ以上に、常に本質あるいは総体へ向かっていたいと思っています。
 言葉遊びっぽく見えるのはただのカッコつけでしょう。言葉は形も美しくありたい、というか、せめて自分にくらいは美しく見えた方がいいというのが主義ですので。成功することは少ないですが。


「RPGは『自由』なゲームだ」という解説がどんな(この解説に拠る)具体例を生んできたかというと、完全に印象論ですが、強盗とか所謂犯罪者プレイだったような気がしますね……それも、状況や周囲のプレイヤーをかえりみぬような。端的にはこのような印象が、

>>RPGにおいて、我々は、我々が日常において自由に振る舞い、
>>あるいは自由に思考している程度に自由である

と戒めよ、という言葉を生んでいるのかもしれません。
「社会の中で」とかいうフレーズも蛇足だと思って削りましたが。

>合意に達することができたようで素晴らしいことです。
そのとおりで。といっても自分の感覚としては方向性が特に変わったわけでもなく、認識を整理するいい機会になったという感じですが。

>これについて感想を今更述べておきますと、3つの領域が入り交じっていて、
>「PLと分離したPC」についての分析としては模糊としています。
「フィクション」と「思考」という言葉で表す概念がlaeva氏とは結構ズレがあるようです。
フィクションについて2の領域を考慮していなかったのはそのとおり。3は考慮したつもりで、「思考」という言葉で「個人の意識的な思考」ではなくて「集団の無意識まで含めた思考」を想定していました。非常識だと言われても余り否定できません。

このエントリが独り言に近い性質のものだったら言いがかりのような突っ込みを入れてしまって無粋だったかなぁと反省しないこともなく。

その場合「PCの思考」がどういう意味になるのかということと、「我々の思考」というのが、「n個の個別的無意識」なのか「集団的無意識」なのかをもうちょっと精密に語っていただけたら個人的好奇心が満たされます。

さておき、私としては、意識的思考が無意識領域を把握することはできないということと、PCの思考が把握外のそれにも源泉を持つということから、PCの思考と我々の意識的思考とを同じ程度と述べて問題ないことを提示しておきます。把握したという意識すら持てないものとの比較にさしたる意味はありませんからね。

さてそんな話は小さいものですが、それより
>>独り言に近い性質
などという風に受け取られたのは大変残念なことです。これを「独り言」と言われたら、私にとって他者に向けて話すという行為が原理的に不可能になってしまいますな。

>精密に語っていただけたら
言語化されていないのでそのうちに。個人的に自分の思考の8割がたは無意識にあると思っているけれど。

>さてそんな話は小さいものですが~
了解。納得。

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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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