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脇役やろうぜゲームの話:草稿その1 

 最近SW2.0でオンセをしています。と言ってもまだキャンペーン第3回、オンセでは二回目。色々な経緯でPL4人のPC+GMの持ちNPCの5人パーティになっているのですが、そのNPC(以下「ベル」)が面白い?ことになっています。以下週頭の身内トークより抜粋的なアレ。

mumyousyou:ベルは狂犬RPかネタ発言が80%で、それを除くとほぼ何も残らない
laeva:てか、最終的にはNPCだからなぁ
mumyousyou:そうだねえ。PCより目立っちゃいけないという不文律が
laeva:あと、ネタで騒ぐ以外のところでキャラを出す発言なりやり取りをすると、独り芝居モードになって気まずさが漂うw
mumyousyou:わかるわかるw
laeva:その不文律よりこっちのが問題かと思うw
Heno:GIN☆YOU☆SHI☆JIN!
mumyousyou:だからlaevaかHenoがGMをやってくれればいいんだ。そうすれば俺も安心してベルのRPを

 つまり、「GMの持ちキャラでPCパーティの一人と言えど、結局はGMが操るNPC。PLがPCを使って発言したりキャラとして何か言ったりするのと同じように扱うわけにはいかない」というわけです。数合わせ的要素が強いですから、基本、PCパーティの一員としては能動的な行動を行わないということになる。

 で、その結果。ベルがベルとして発言する時というのが、GMがGMとしてよりもただの卓の一人として動いている時……場を湧かせた時何かネタを思いついたりギャグに走ってしまった時のみで、しかもそれが「ベルについての印象の全て」ということになってしまったわけです。その結果がこれ(狂犬化)だよ!身内ではベル化現象と名付けられました。

 さて、ベルの悲劇自体は実はどうでもよくてw、話題の始点は悲劇自体ではなく、先に悲劇から取り出した構造にあります。以下で書いていきたいことは、あくまでもタイトル通り「脇役やろうぜゲームの話」……もっと言えば、「『PC(の全部ないし一部)が物語の脇役たること』が正当化される枠組みについての話」になります。



1.NPCは「目立ってはいけない」か?


 まずは、その後の発言から再び抜粋的なアレ。

laeva:
>>そうだねえ。PCより目立っちゃいけないという不文律が
NPCの一般論としては必ずしも目立っていけないわけではなくて、主に、全員がそれなりに感情移入してるNPCの裏方としてPCが色々やる系のシナリオは普通にあり得るよね。

独り芝居もPLないがしろ問題という点では問題は同じだけど、より直接的な分アレだぜ。これが正当化されるのは、恥ずかしいことをしてるGMを見るのを皆が楽しんでる場合とかだけだが、よりGM的にはやりたくないw

 NPCがPCより目立ってはいけない。とりあえず、この言葉をパッと聞いて違和感を持つRPG者は少ないのではないかと思います。以下ではこれを、「『普通の』RPG者の一つの素朴感覚として妥当なもの」として考察しますが、「一般則としてこの考えは不自然で奇っ怪だ」という人がいましたら説明とともにご一報下されば幸いです。


 さて、NPCがPCより目立ってはいけない。それは何故か?簡単素朴な話、「吟☆遊☆詩☆人!」だからです。が、より本質的には「PCがNPCより目立たない」即ち「PLがGMにないがしろにされている」という構図がこの文面の背後に喚起されるからです。

 なお私はRPGの大目的を「卓の快楽の総和の最大化」と考えているので、PLをないがしろにすることに比べ「GMのシナリオの物語りを完成する」だとか、「一旦セッション上発生した事象は自然に演繹する」といったことがより本質的に重要だ、などという立場には反対します(前者はともかく、後者については様々に述べるべきことがありそうですが……割愛)。

 一見、この観点からすれば「PCが物語の脇役たること」は「NPCがPCより目立つ」を地で行く話であって、「もってのほかだ」ということになるかもしれません。しかし先に書いた通り、本質的な問題は「PLがないがしろにされる」ことです。PLの主体性の発露としてPCが脇役になっているならば、その状況はまさに王道的ゲーム的行為。NPCが物語上の主役になっているセッションというのは、尋常にあるものなのです。



2.本当に気にすべきこと、そして「NPC」から「誰か」に


 誰かを盛り立てる。誰かを担ぎ上げる。情況を演出する。情況を操作する。事態・物語の裏方として行動する状況は様々にあり得ます。後ろ二つの「情況」を作る行為も、基本的にはシナリオ世界上の人間模様に影響を与えることによって行うことですから、NPCなどの誰かに何かをさせることの連鎖が物語・事態の表現象・主軸になっていると言えます。

 さてこれまでは、先段の「誰か」がNPCということで書いてきましたが、「誰か」がPCであることもあるでしょう。「特定PCだけ目立つのはよくない」……これもまた妥当な一般則です。

 ですが先述同様、本質的には「(他の)PLがないがしろにされる」ことや、またそれ故に「特定の(あるいは特定以外の)PCに、セッションに登場している意味がなく、やることがなく、やる動機もない」ということが問題なのであり……逆に言えば、RPGにおいて「あるべき状況」というのは、「特に目立つNPCや特定PCが存在しないこと」ではなく、「どのPCにも登場している意味があり、やれることすることがあり、やる動機がある」ことなのです。

 この前提さえあれば、「PC(の全員あるいは一部)以外の誰か」が物語上の主役になっているセッションを肯定することができるでしょう。そして逆に言うと、このような前提を以てして初めて、PCが主役でないことが、脇役であることが(RPGとして)正当化できるのです。脇役とエキストラとは異なるものです。背景の書き割りにいるキャラクターは脇役ですらありません。理由や必然性あって主役の脇にいるからこそ、脇役なのです。あらゆるGMはこれを心すべきでしょう。






 続く。

 まだタイトルの話題に辿り着いてないけどw、理念の次は歴史、あるいはRPGにおける脇役概念の流れと実装の話。図書館から帰ったら続きを書きます。
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コメント

残りの20%はGM的誘導なんでしょうねぇ。どっちにしろ電波だ。よく分かる。

そういう味方型NPCはPCとの「濃い」関係を規定して能動的に発言するときにPCを自動的に巻き込むようにしておくと割と積極的に発言させられるかも。例えば恋愛感情とか……失礼。NPC一人のシーンではなく、NPC+PCのシーンなら割と許容範囲だと思う。
その関係が場合によってはNPC召喚呪文にもなるわけで、プレイヤーにもメリットが生まれるかもしれない(R=W的に言えば〈PCに対する縁故〉弱点、を持っている)。

その場合にもPCとかぶったり、PCを喰ったりしないように棲み分けることは必要なわけですが。

でもソードワールドだとそもそもPC間の描写の頻度が少なそうだから結局出番がないのか。

タイトルネタはかすめているかもしれないが被っていないはず、と信じてコメント~

やー、それがですね

SW2に触ってみるべくらいの感覚でやった第1回には3人PLの3人PTだったこともあって、少なくとも現状は、味方型NPCというよりは本当に数合わせの半PCというか、パーティ内NPCなのですw
なので残り20%は「で、私は何をしたらいい」とかいう指示待ちか、「フォース打ち込んでいいか?」という行動確認/提案か、そういう事務的な内容になっています。そりゃあネタしか印象に残りませんわな。だって本当にネタしかないんだから。

味方型NPCというくらい(パーティ身内でないという意味で/召喚が必要という程度に)外部的存在なのならば、「味方として振る舞うためのロールプレイ」が必然的に付加されるだろうので、関係が必ずしも濃くなくても、PLに明かされていたりいなかったりする「味方として振る舞う理由」に従った〈PCに対する縁故、弱点〉の演出は行われるのだろうと思うのですよ。特に深い理由がないならないで、まともだったり合理的だったり、あるいはお調子者とかのPCに付き合う情動的な性質が出されるでしょう。

今回の事例で言うと、そのプロセスすらないので純粋にネタしかなくなってしまっていたわけです。最終(前)段の話についてはまさにその通りで、PCの独立性が高いセッティングなら、PCが協働する際にそのプロセスが発生するんですけどね。何せ最初から冒険者パーティですのでw


さておき、味方型NPCの動かし方としては同意。運用テクニックとしては「むしろNPCだからという理由で積極的にPCと関係付けた設定を構築できる」、という視点が重要なのかな。同列のPLとしてより、GMという立場からの方がそれ(関係規定)への敷き居が低くなる筈なので。

狂犬化の経緯

前後しちゃうけどこっちにも。

そもそもNPCプリースト「ベル」は便利アイテム、ヒールBOTとして作られたキャラで、我を主張することもなく唯々諾々とPCの指示に従う黒子NPC……のはずだった。3歩下がってPCの影を踏まず、とかそんな感じで。

それが狂犬化(笑)してしまったのは単に私の我慢弱さというか、PT内にいるのにPCの輪の外に居る事に耐えられなかったのが大きい。
変化の因子と言ったがこれはPC同士、PCとNPCの人間関係にも言えることで、PCの言動が連鎖的に関係を紡ぎ出し仲良くなったり敵対したり、腐れ縁だったり愛憎渦巻いたりといった状況を作り出すのもTRPG特有の楽しみであると思う(ある種のマルチゲームでも似た状況は作り出せるが、一期一会の関係ではなく広義のキャンペーンセッションという仕掛けを通じてそれを昇華・発展できるのはTRPGだけではなかろうか)。

元々目立ちたがり気質なのと、作って動かしてみたら思わぬ愛着が沸いてしまったこともあり、何とか表に出してやりたくなってしまった結果、ああなったと自己分析している。

NPCである以上、PCの見せ場を奪うわけにはいかない
→じゃあどうやって目立てばいいのか
→卓の大多数に通じるネタに走って笑いをとる

という帰結。それが狂犬RPになったのは直前の合宿の空気が影響してるんだろうなぁ……おのれ深作。もしあれが「3つ数えろ」だったらハードボイルドRPに走っていただろうに。

>>我慢弱さ
何を言っているんだ。GMもゲームの参加者だぜ。
普通にマスタリングしたり、PLの雑談に静かに耳を傾けて、何気なくそれをシナリオに混ぜ込んであっと言わせるだけが他のプレイヤーとのコミュニケーション方法じゃないさ。でも「3つ数えろ」だったらハードボイルドRPになっていたかは……どうだろうw


まあ、なんつーかすいません、そのうちGMやります。でも、GMやるとして、ベルがどういうキャラクターと想定してかかればいいかは大きな問題なんだぜw

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NPCが主役なのが許されるパターン:(・_・)

http://nirvanaheim.blog116.fc2.com/blog-entry-285.html これを見て。 特定状況では主張は正しいと思うんだけど、特定状況では正しくないかなあという。パターン1.NPCとPCが共闘状態の場合はNPCが主役でもかまわない パターン2.NPCとPCが対決状態...
  • [2008/09/11 01:50]
  • URL |
  • 紙魚砂日記 |
  • TOP ▲

[テーマ]NPCと主役・脇役

脇役やろうぜゲームの話:草稿その1 ~ VANAHEIM 脇役やろうぜゲームの話:草稿その2 ~ VANAHEIM 紙魚砂日記 : NPCが主役なのが許されるパターン:(・_・) 草稿1のおさらいとトラバ
  • [2008/09/23 11:30]
  • URL |
  • きまぐれTRPGニュース |
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プロフィール

laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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