海エルフ(Sea Elf)概論 

しつこく海エルフの話。基本的には以前の同タイトルの記事の内容が膨らんだ形。執筆の経緯は「レーヴァテイン概論」とほぼ同じになっています……なんか、ここに転載するまでのスパンも同様なのがなんだかなーな感じ。

 海エルフ、海のエルフという概念がある。シーエルフ(Sea Elf)、またはアクアティックエルフ(Aquatic Elf)。RPGシーンの外ではまるで見られないが、さらにRPGシーンでも用いられることが少ない、奇矯な概念である。RPGが孕んだ分類学的指向が垣間見られるようで興味深い。今回はこれについて概観してみようと思う。

1.初出出典総論


 この「海のエルフ」なる説明的単語は、実際の伝承に根差した概念ではない。シーエルフなる語は現代エルフ概念の祖J.R.R.トールキンの書いた『The Hobbit』(邦題『ホビットの冒険』、以下『ホビット』)に由来するものであり、アクアティックエルフの方はRPGそのもののエポックメイカー、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(以下「D&D」)に発するものである。

 トールキンのシーエルフは、『ホビット』の段階で既に一応は言及されている。とは言え、エルフに関する単語が列挙された折りに触れられたのみと言ってよく、内実は分かる記述はない。トールキンの「海のエルフ」を説明する文章が公の目に触れるのは、彼の死後、息子のクリストファーが遺稿を編集し『The Silmarillion』(邦題『シルマリルの物語』、以下『シルマリル』)を世に送る1977年を待たねばならない。つまり『ホビット』が発刊された1937年からこの1977年までの間、シーエルフという単語は(少なくとも一般読者シーンに対しては)存在するだけして、内実の伴わないものであった。読む者の想像力を刺激しはしたかもしれないが、この間に登場した「海のエルフ」概念の内実に、中つ国1の「海のエルフ」設定が寄与した可能性はほぼない、と言ってよいだろう2

 一方D&Dのアクアティックエルフであるが、初出はその第二サプリメント『BLACKMOOR』になる。1975年のことであり、RPG創造の翌年に誕生していることになる。名こそ「アクアティック」であるが、説明冒頭に「シーエルフとも呼ばれる」とある点がトールキンの単語の寄与を想像させる(異なる名を付けている点はTSRの創設者達が他著述家固有の創造物の利用――つまりは著作権の侵食――に注意を払わざるをえなかったことで説明がつくだろう3。とは言え無論、推論の域は超えていない)。これ以来、D&Dのモンスターマニュアルには同じ記述(「Aquatic Elf」という分類の説明を、"Also called sea elves." で始めている)が現在に至るまで4載り続けている。


1) Middle-earth、本稿に挙げられる諸トールキン作品の舞台。邦訳で「中つ国」となっている。ちなみにトールキンの設定によれば、この世界は我々の世界の過去、神話時代の地球であり、『The Lord of the Rings』(邦題『指輪物語』、以下『指輪』)に語られる出来事は、今から大体六千年前のこととされている。
2)『指輪』に示唆される、海とエルフの関わり方に触発される可能性がなくはないが。
3)「著作権管理者」の抗議で、ホビットをハーフリングに、エントをトレントに、バルログをバロールに改めた、という逸話が類例となるだろう。
4) 原文を書いた段階では、まだ4版は Preview さえ発行されていなかった段階だったので、ここの「現在」はもちろん3.5版の段階を表している。この「現在」以降については、日を改めて言及したい。



2.初出出典各論


2-1.トールキンが生み出した海のエルフ

 先述したように『ホビット』が上梓された二十世紀前半にはすでにシーエルフという語は存在していたわけだが、現在知ることのできるトールキン「海のエルフ」像がこの頃どの程度できていたかは定かではない5。『ホビット』には、この単語は以下のように登場する。主人公のビルボとドワーフ一行がシルヴァン・エルフの宴会に闖入した揚げ句魔法で眠らされてしまった章からの引用である。

彼の地に赴き、彼の地で幾星霜を過ごした輝きのエルフ族(Light-elves)、深遠なるエルフ族(Deep-elves)、海のエルフ族(Sea-elves)は、時とともにより麗しく、賢く、知識深くなっていき、美しく驚嘆すべき品々を作るために独自の魔術、独自の精妙な技術を編み出しました。そして、その一部の者がこの広大なる世界に帰ってきたのです6

 これだけである。冒頭で「彼の地」とした言葉の原語は there だが、これは前文文末の the West を受けたもので、西方の浄土世界(後述する「アマン」)を表す。読者が『ホビット』から分かることは、「西方」に「上のエルフ(High-elves)」がいて、上述したような連中でその一部に「海のエルフ」というのがいるんだな、という程度だろう。少なくとも(アクアティックエルフのような)水棲生物であると規定するような記述ではないとは言える。


5)『ホビット』を書いた当時、トールキンには既に創作神話の構想があり、実際に物語を書き溜めてもいた。出版社に『ホビット』の続編を求められた時も、常にそれ全体(即ち『シルマリル』)を書きたいと欲していたのである。しかしその一方で、彼は何十年にも渡ってこの世界に関する草稿を書き直し、根本的な点も含めた修正を加え続けており、また『ホビット』も何度も書き直されている。故に『ホビット』最初の時点で、どの程度具体的設定があったかは不透明なのである。後段で多少考察する。
6) 1966年の第3版、Ballantine Books版から私訳したもの。ここまでシーエルフについて特に改訂はない(手が加えられたGnome≒Deep-elves=ノルドールと違い、結局この「海エルフ」は脇役に過ぎなかった、と言うこともできる)。


 ともあれ、そろそろ彼らの由来、その設定を概説してみよう(以下ではトールキン設定の固有名詞が多用されている。一々括弧内に説明を記述するのも煩わしいので注釈に分けたが、トールキン世界の空気を感じる程度にさっと読み流していただきたい)。




 時の始まりに、エル7がアイヌア8とともに世界を創造した。この世界の初期に、エルフ達は(エルが配置したところの)世界の東方で生まれ/目覚めたのだが、一方、アイヌアの内で世界に降りる9ことを選んだ者たちは、当時10世界の最西11にあったアマンの地(クウェンヤ語12で「至福の国」の意)に座していた。彼らの内上位の15名をヴァラール(単数形ヴァラ)、下位の者をマイアール(単数形マイア)と言ったが13、このうち、ヴァラのオロメがエルフを見出すと、彼らはエルフ達を己の膝元、アマンの地に招く。トールキン世界でのエルフの歴史は、この西方への大移動とともに始まったのである。


7) エルはクウェンヤ語(後述)で「唯一のもの」、唯一神・至高神に当たる存在。
8) アイヌア(単数形アイヌ)は、世界を創造するに当たってエルが作り出した陪神、あるいは大天使、精霊のような存在である。
9) エアに降り、世界を管理することは同時にエアに囚われることをも意味し、世界の終焉まで有限世界に留まり続ける定めを負うことであった。ちなみにこの定めはエルフにも共通していることであり、人間族の「死すべき運命」という概念はその定めの下に置かないというエルの「恩寵」であった(死後、人間の魂がどうなるかは知られていない。アマンの外に出されるとも言われている)。
10) 世界が創造された直後には世界の中央、アルマレンという地におり、動植物の創造に携わっていた。
11) 世界は最初(限りある)平面として作られた。後にエルによって丸く、球に作り直され、中つ国=地上世界とアマンとは切り離されることとなる。それ以前には、ただ海を西に進めばやがて世界の果て、我々で言うところの天国に行けたわけである。
12) アマンで使われたエルフの言葉。ノルドールの中つ国帰還後、中つ国でも文語・古典語のような扱いで使われるようになる。
13) 言わば彼ら(特にヴァラール)がこの世界の神々である。


 エルフの三大支族(ヴァンヤール14、ノルドール15、テレリ)のうち、テレリは銀髪で、水を愛することを特徴としていた。彼らは三支族中最大の規模を持っていたが、この旅に最も遅れて出立し、また旅を通じて幾度もの分裂を経験することとなる(そもそも、ヴァラールの招きに応じようとせず目覚めの地に残った者達がいたが、その大部分もテレリであった)。


14) 先の引用の「輝きのエルフ」に該当する。金髪を特徴とし、最も少数だが最も輝かしいとされる。そして最も中つ国との関わりが薄い。ところで「Light Elves」という単語には全く別の意味が付与されるようになるため(アマンの光を見たことのあるエルフを指して言う。中つ国を離れたことのない種族が「Dark Elves」)、この用法の「Light-elves」は『ホビット』のここにしか登場しない。
15) 先の引用私訳の「深遠なるエルフ」に該当する。黒髪を特徴とし、特に知識・技芸工芸に優れる。そのほとんどが中つ国に帰還し、冥王との戦いにあけくれた。


 テレリの内、アマンに辿り着いた者たちは彼の地で「ファルマリ」、クウェンヤ語のファルム(「波」「うねり立つ(波)」程度の意味)に由来する呼称で呼ばれることになる。中つ国からアマンに渡るまでの大海に魅せられ、その海と、海辺で吟ずる詩歌を愛すようになったためである。さてファルマリは「波の民」「海の民」程度の語義であるが、これが共通語に訳され、ひいてはそこからトールキンが英語に「翻訳16」した言葉こそが「Sea-elves」なわけである。


16) トールキンは『ホビット』と『指輪』を、「(物語の時期の中つ国共通語であった)西方語で書かれた本を英語に翻訳したもの」と設定していた。ちなみにその「本」の著者は、他ならぬこの両書の主人公ビルボ・バギンズとフロド・バギンズ、そして同じく主要登場人物にして彼らの中つ国=地上世界における後継者、サム・ギャムジーである。
 ところで全くの蛇足だが、ロバート・ジョーダンの「時の車輪」シリーズの物語内部に、物語記録者たるロイアルが配置されているのは、このホビット達へのオマージュではないだろうか。あちらの主人公達はフロドと違って記録することに全く関心がないので大変だっただろう。ジョーダンが最終刊を前にして亡くなってしまったのは惜しいことである。この場を使って哀悼の意を表明しておきたい。せめてロイアルは無事たらんことを。


 さて、水の王たるヴァラ、ウルモはエルフの西方渡航のために一つの島を作り上げエルフ達をこれに載せて運んでいたが、他の二氏族に遅れてテレリ族は最後に運ばれる次第になった。ところでマイアのオッセ、ウルモの従者にして中つ国の海の主であるオッセはテレリ達と深く交流し、彼らを愛していたので、テレリ達に中つ国に残らないかと呼びかけた。航海中だった島上のテレリ達もそれに魅かれ、やがてウルモに航海の中断を頼む。結果、この島はエルダマール17湾に固定され、湾内の唯一の島となったのであった。

 彼ら、ファルマリと呼ばれるようになる者たちはオッセとの交流によって造船・航海技術を学び、この島や、対岸のアマン本土に港湾都市を築き、海に親しんで過ごした。後年中つ国とエルダマールを船で結んだのも彼らである。


17)「エルフ本国」の意。アマンにおけるエルフの居住地域の呼称。




 『指輪』『シルマリル』を元としたトールキンの「シーエルフ」設定は概ね以上のようなものである。

 この他、次の者たちにも触れておくのがよかろうと思う。直接「海のエルフ」と呼ばれたわけではないにしろ、同様のイメージを負っていると言える人々、『指輪』にも登場した"船造りの"キアダンを統領とする、ファラスリムと呼ばれるエルフ達である。

 ファラスリムとはクウェンヤの「ファラス(海岸、浜辺程度の意)」に由来する言葉であり、特定の地域の地名でもある。ファラスの民即ちファラスリムであるが、語義的には「海辺の民」程度になるだろう。彼らはオッセの説得によって中つ国に残ることとし、彼から船造りや航海の技術について学んだ一団である。後に中つ国からアマンへ退去していく18エルフ達のために、大海を渡る船を造り続ける任務を負っているという。

 また、公刊されているクリストファー版『シルマリル』では先述のようになっているわけだが、ファルマリについては別伝19があり、このファラスリム達がノルドール語で呼ばれた名がそれであるという。

 この伝によると、(西方への大移動中に)テレリの兄弟王の一人エルウェが行方不明になった際、彼をあまりに長く探し続け、テレリ本隊のアマンへの出発に遅れてしまった一党が彼らであるという。彼らは同族への強い愛故に別の同族との別離を迎えたわけであり、その長たるキアダンは同族に恋い焦がれて、己が造る船で同族に追いつくことを誓う。だがその時、彼はヴァラールの啓示を受けて、中つ国の最後のエルフとなるまで残って西方へ渡る船を造り続ける任務を受け入れるのであった――と、このような物語になっている。この場合、ファルマリとファラスリムは言語によって異なる呼び方というだけで、同じ集団を指す。


18) 中つ国において、エルフは衰えながら人間族に世界を譲り渡し、消えゆくさだめにある。『指輪』はエルフの時代が最終的に終わる事件を描いた作品でもあった。この流れは、特にケルト的神話・伝承に色濃く残存している(北方ヨーロッパに概ね共通してあるが)、「異教の神々は(キリスト教の到来とともに)森や塚、海といった場所に異界を作って隠れた。人々に崇拝されなくなり、年月が経ち忘れ去られて、やがて小さい妖精のような姿に矮小化してしまった」というモチーフをほとんどそのまま下敷きにしている――というか、このエルフの姿が人間文化に残存して、上のようなモチーフが残った、という設定である。
19) 別伝というのは正確ではなく、トールキンの別稿によれば、である。トールキンは彼の神話体系の集大成を残さず亡くなっており、現在出されている『シルマリル』は、子のクリストファーが遺稿の山から一定の範囲で、比較的統一が取れる形に編集したものに過ぎない。先述したように、トールキンは生涯その神話伝説体系に手を入れ続けたので、相矛盾する記述が遺稿の中には多数ある次第である。この記述はトールキンの晩年の草稿であり、「The History of Middle-Earth」シリーズの第十二巻『The Peoples of Middle-earth』に収められたキアダンに関する文章からなっている。


 ここまで説明してきたいずれの者たちも、トールキン世界における「海のエルフ」の空気を我々に色濃く伝えてくれる存在だといえるだろう。つまり「浄土と俗地、それぞれの岸辺に立って海に臨む辺縁の民」「その狭間にあって船を駆る航海者」というエルフ像である。このイメージのルーツには『ブランの航海』『聖ブレンダンの航海』といった西方航海譚に見られるような、島のケルト的「海の彼方(あるいは水底)にある理想郷」思想があると思われる。

 直接的には、「elf」という英単語は古英語の「ælf」からきており、古い形としては他に「ylf」「alf」などがある。エルフとはつまるところ、印欧語族の諸文化に存在する半神的存在の、北方ヨーロッパ・ゲルマン諸族における現れの裔であり、お伽話の中に矮小化する以前の彼らの姿は古いバラッドに残っている。所謂異教時代のそれが比較的に残っていると言えるのは、古ノルド語に記録された「alfr(アールヴ)」達の記述であろう。アールヴ達は、北欧神話の世界観において名だたる神々に仕えているのでなければ輝かしきアールヴヘイム20)、所謂「天国」の一つに住んでいるとされる。


20) 北欧神話において、豊饒の神フレイが治めるアールヴ(Alfr)達の世界。スノリによれば、太陽や星々がある天「Himinn(天)」の、さらに二段階上にある天「Víðbláinn(広く蒼い)」にある。その南端にはギムレー(Gimlé)という黄金の館があり、「あらゆるものより美しく、太陽より輝かしい」と形容されている(同じ形容がアールヴ達にも使われている)。最も正しき者たちが死後に訪れるというが、スノリは物語中、今はギムレーに人間はおらず、ただアールヴ達が住まっているだけだろう、と語らせている。


 ケルト系の言語・伝説では、神・半神・人間、それぞれの境界は北欧神話のそれより曖昧である。「島のケルト」的神話におけるアールヴの類同存在は「sidhe(シー)」であるが、北欧神話では神々(アース神)が週末の戦で滅んでアールヴが残った21一方、ケルト的神話における旧き神々、例えばアイルランドのトゥアハ・デ・ダナーンは、海の彼方にあるティル・ナ・ノーグ(常若の国)に退去して、やがてシーとしてのみ人に知られるようになったという。シーを神々が従えているという言い方はよくされるが、神々がシーと呼ばれることもあるわけであり、神と半神の境界が曖昧なことが伺えるだろう。


21) 北欧神話における終末戦争であるラグナロクの後も、ギムレーや天上世界は決して滅びることはないとされており、心正しき人とアールヴ達が語らっているという。とは言っても、キリスト教浸透後には先述したようなモチーフが民間説話の基調となったわけで、アールヴ達は地上に投げ落とされ、矮小化して森に潜んだ、と捉えられるようになったのであった。


 これら神々の住まう所と、人の住まうところの関係もまた曖昧である。シーの退去した先としてはティル・ナ・ノーグの他に、マーグメルド(喜びの野)、イ・ブラセル(至福の島)などという名が伝わっており、地下だったり水底だったり海の彼方にあったりする。これらはアールヴヘイムと類同するものではあるが、天蓋の上、つまり世界の外にあるアールヴヘイムと違って、船を駆ればそこに、海の彼方の浄土には辿り着けるのである。この感覚はキリスト教化が進んだ後にも残り、キリスト教的異教的様々な航海譚が作られ、大陸にも波及している。

 このシーは、ブリテン諸島においては近代までに「elf」という単語に吸収され、さらには「fairy」という単語に包括されてしまったという感があるが(古来から異文化の類同存在、例えばニンフなどを「ælf」と訳してきた経緯、またフランス文化の圧倒によってそれが「fay」系に置き換えられていった経緯もあってのことだが)、逆にケルト的伝説のモチーフは、アーサー王伝説を代表として「イギリス人」の物語感覚に分かちがたく入り込んでいると言えるように思われる。

 楽園へ続く海――その彼方を望む者、海を行く者、あるいは浄土に向けて旅立つ英雄のために、海を渡る資格を持つ船を作る者――トールキンは、こういったイメージを「海のエルフ」として結実させたのだ、と言えるのではないだろうか。



2-2.D&Dが生み出した海のエルフ

 以上のようにトールキンが生み出したシーエルフが海辺と海原の民なる一方で、D&Dの産物であるアクアティックエルフは波頭の下、水底の民となっている。初出は先述したように『BLACKMOOR』、その中の「MONSTERS & TREASURE」セクションである。記述を翻訳・引用しよう22

アクアティックエルフ:シーエルフとも呼ばれる。彼らは陸上のエルフと人間がそうである程度に、マーマン(Mermen)と近縁な存在である。ほとんどの場合、静かな隠された海域に密生する海藻の間でもっぱら見出される彼らは、ドルフィン達の素晴らしき友である。彼らは砂州の底や岩礁に壮大なる洞窟を作り上げ、そこに、現地で取れる材料(骨に腱、海藻に木材)から、漁や海草の刈り入れのための道具を作る工房を設立する。このような品々は海で手に入る希少金属とともに、(水中で鍛えることができない)金属製品を陸のエルフとの交易で手に入れるための材料になっているのだ。シーエルフ60人につき50%の確率で、友好的な3-6頭のドルフィンが伴われている。彼らは人型の容貌をしており、咽喉のところに鰓孔23を持つ。彼らの移動にとって、海藻はほんのわずかしか、あるいは全く障害にはならない。海藻中や岩礁上での彼らは不可視である。彼らはシャークとサファグンの不倶戴天の敵であり、もし彼らが数で勝っている場合には、相手を攻撃しようとするだろう。彼らはドルフィンと陸のエルフに友好的で、その他の者には中立的姿勢を取るが、漁師は例外である。多くのシーエルフ達が網に引っかけられ、無知な人間にサファグンと勘違いされて命を奪われてきたために、彼らは嫌われているのだ。

 まずは、彼らを指す文中の単語が「they」以外だと「sea elves」とのみなっている点を指摘しておきたい。やはり、著者24はトールキン作品のシーエルフという単語を念頭にこのクリーチャーを設定したのだ、と考えていいのではなかろうか。D&D創成時代のゲーマー達は、『ホビット』『指輪』のトールキンブーム(60-70年代)にどっぷり漬かってきた世代である25


22) 基本的に編集は入れないようにしているが、段落分けさえない点には黎明期的同人クォリティが垣間見えて微笑ましい。AD&Dの頃になると、もうそうでもなくなるが。
23) えらあな、と読む。エラの裂け目。
24) 同書の著者はデイヴ・アーンソン(ガイギャックスに並ぶD&Dの父。真なる「父」がどちらであるかという問題は、彼らの間に発生した反目の内に、歴史の闇に葬られた)。これが「D&D的シーエルフの創造者はアーンソン」ということを保証するわけではない……という留保を置いてもいいだろうが(表紙に書かれた、ガイギャックスら他の内輪の者のアイデアかもしれない)、この概念を世に送り出したのは彼、とは言ってもよいだろう。
25) ちなみにD&Dの父ガイギャックス自身は「D&Dは『指輪』だ」と言われるのを好まず、「影響など大して受けてはいない、似た要素はマーケティングによって入れたに過ぎない」と後に主張している。この主張には多分に感情的反発が含まれていると私は思うわけだが、『指輪』そのままだとかで決してないのはもちろんにしても(そもそも歴史的D&Dの前半は、当時のSF、ソーズ&ソーサリー、そしてファンタジー諸作品の膨大なネタの、節操もない集合体としてやってきたのである)、『指輪』的要素が大きな基調的ウェイトを持っているのは否定し難いのではないか。
 というより、ネタの一つ一つとかでなく、「コンビ・トリオよりも大きな人数でパーティーを組み、中世風の武装をした多種族の冒険者が暗い迷宮を探索する」という基本的なセッティングが『指輪』からきているのだから、表層的に指輪指輪言われるのはやむをえない流れだったであろう。ガイギャックスは本来中世騎士セッティングが一の好みで、ファンタジーが特に好きなわけではなかったから(『Chainmail』で、ファンタジーセッティングが一番人気になったことに違和感を表明していたりする)それに反発してしまうのもむべなるかな、と思ったりもする。


 さて、この水棲エルフというアイデアの源泉がどこにあるかということを考える際に重要なのは、掲載サプリである『BLACKMOOR』の性格である。第一サプリである『GREYHAWK』は純粋にシステムを拡張するサプリ、という傾向が大なのだが、『BLACKMOOR』の方はセッティング拡張的側面が大きく、言わば「水界26サプリ」とも言うべきものなのである。

 初期D&Dにおいて、セッティング・シナリオといった要素を扱うセクションは「UNDERWORLD & WILDERNESS ADVENTURES」と題されているが、『BLACKMOOR』の同セクションには「Underwater Adventures」「Underwater & Sailing Encounter」といった章題が並んでいるし27、また「MONSTERS & TREASURE」セクションには水棲モンスターがずらりと並び、大半を占めている。


26) 水中世界、水棲生物界。海洋・島嶼などの、水上メインの舞台を指しても使う。
27) 一部で有名なカエル寺院シナリオ("The High Priest of the Temple of the Frog")もここに初出。昨年3.5版用にリメイクされたので、名前だけ知っているという人も増えたかもしれない。


 その上で焦点を当てたいのが、アクアティックエルフの説明の冒頭に出る「彼らは陸上のエルフと人間がそうである程度に、マーマンと近縁な存在である」という文面である。この文面はAD&Dにも受け継がれ、しばらくの間モンスターマニュアルに載り続ける。3版に至ってマーマンも消滅し28、この記述も消滅したわけだが――この記述は、人間であるプレイヤーが人間を基準に他種族の特徴を捉えるように、アクアティックエルフがマーマンを基準に捉えられるべきものであることを示唆している。

 さて、ここでマーマンの記述を見てみよう。一応は初代D&D(以下「白箱」)の『MONSTERS & TREASURE』にも掲載されていたので、まずはそれを引用してみたい。

マーマン:マーマンは、ほとんどの点でバーサーカーと同様29であるが、陸上での戦いには-1の修正を受ける。彼らはトライデントとダーツ(50/50)で武装している。アーマークラスはレザーアーマーのものに等しい。

 マーマンがどんなものか(要は人魚)は「常識で判断してください」という勢いであるが(実際それで通用したのだろうし、私は確認していないが、『Chainmail』関連でお披露目したことがあるのかもしれない)、水界サプリである『BLACKMOOR』には、流石に多少詳細な記述が載っている。

マーマン:リザードマンよりも知性が高いこの水棲生物は、人間同様の武器を使用する。彼らは魚を狩り、主な食料源とする。マーマンは水中で秩序立った共同体を形成し、そこでは網で囲われた種々の魚群が食料として確保されている。輸送の用に、巨大な海馬(Seahorse)が広範に利用されている。様々な点において、マーマンの文明は人間のそれに匹敵するものである。水から出ている時には、陽光の下に1ターンいるごとに彼らは1Dのダメージを受ける……(中略。空気中にいる時に受けるダメージの詳細と、船を襲撃する際のルーチン)……マーマンは射撃武器としてスリングとクロスボウで武装しており、海馬の背に乗って海上に浮上、射撃を行える。

 この引用には大分省略があるが、実際には先述したアクアティックエルフに比べて1.5倍程度の記述量になっている。さて、この記述で注意したいのがマーマンと地上人との平行関係である。同様の武装、輸送馬、畑(養殖場)――文明。『BLACKMOOR』は真面目に水界での冒険を試みたサプリであり、この世界での「人々」「ヒューマン」が必要とされ……そして、それがマーマンとして提示されたと言えるのではないだろうか。私はこの流れに「海のエルフ」登場の契機があったのだろうと思っている。「海のヒューマン」がいるからには、「海のエルフ」も登場させよう――「そういえば、トールキンも出しているじゃないか」という台詞がセットになったかは分からないが――という発想がなされたのではないか。


28) 代わりにマーフォーク(Merfolk)という種族が作られた。まあ、マーマンとマーメイドを合成しただけとも思われる(ジェンダー問題に配慮したのではないかと考えている)。
29) この「同様」というのは性質が、ではなく、戦闘データは、ということである。バーサーカーはモンスター Men の一種。


 先の記述からは、「D&Dにおける海のエルフ」のイメージについては、せいぜいが「水中の藻が繁茂した場所に洞窟を作ってすみ、エラを持つ。イルカと仲が良い」程度しか分からない。1977年に公にされた(奇しくも『シルマリル』と同年である)AD&D1版のモンスターマニュアルの記載では、基本的に同じ文章が使われつつも、多少記述が追加されている。蛇足的ではあるが、変更箇所を太字で示して引用してみよう。

アクアティックエルフ:シーエルフとも呼ばれる。彼らは陸上のエルフと人間がそうである程度に、マーマンと近縁な存在である。ほとんどの場合、静かな隠された海域に密生する海藻の間でもっぱら見出される彼らは、ドルフィン達の素晴らしき友である。彼らは砂州の底や岩礁に壮大なる洞窟を作り上げ、そこを居住し、働く場とする。彼らは水中で手に入る希少な品を出して、(水中で鍛えることができない)金属製品を陸のエルフとの交易で手に入れる。シーエルフ20人につき50%の確率で、友好的な1-3頭のドルフィンが伴われている。
 アクアティックエルフはスピアとトライデントを武器として、大抵の場合ネットと組み合わせて使う。彼らは魔法を使わない。彼らはエルフ語のみを話す。
 彼らは人型の容貌をしており、咽喉のところに鰓孔を、また緑がかった銀色の肌と、緑または青緑色の髪を持つ。海藻は彼らの移動にとって、ほんのわずかしか、あるいは全く障害にはならない。海藻中や岩礁上での彼らは不可視である。彼らはシャークとサファグンの不倶戴天の敵であり、もしこのエルフ達が数で勝っている場合には相手を攻撃しようとするだろう。彼らはドルフィンと陸のエルフに友好的で、その他の者には中立的姿勢を取るが、漁師は例外である。多くのシーエルフ達が網に引っかけられ、無知な人間にサファグンと勘違いされて命を奪われてきたために、彼らは嫌われているのだ。

 冒頭の「静かな隠された海域」の原文は、先の引用の箇所は「quiet sheltered waters」だったのが、ここでは「quiet sheltered salty waters」と変更されている。複数形の「waters」は、特定の河や滝などの流水を指すこともあるが、海を含意することが多い。とは言えこれだけでは不明瞭ということだろう。敢えて訳し分けるとしたら、前者を「水域」と変えればいいのだろうが、それはそれで文意が取れていないと思う。「アクアティック(水の)エルフ」と題しながらも、やはり内実は「シーエルフ」であることがよく分かる変更と言えるのではないか。第二段落の冒頭の主語が「アクアティックエルフ」となっている(先の引用においては、主語は「they」または「sea elves」であったことに注意)ことも、筆者サイドの意識の変化が些少ながら現れているようで興味深い。

 また、外見が多少なりと詳細になったのはイメージ喚起という点で重要である。緑がかった銀色の肌に(……鱗?)緑または青緑色の髪と、より水棲生物的なエキゾチシズムが増されている。同年の『シルマリル』により提示されたトールキン海エルフに対して独自の位置を確立した、と言えるだろう。AD&D2版の「Monstrous Manual」辺りになると外見描写もさらに進み、例えば手足に水かきがつき、女性は4フィートまで髪を伸ばすとされたりしている。

 これらの設定は概ね現行のD&D30にまで踏襲されており、マーマン/マーメイド/マーフォークの姿が、我々が一般的に思い浮かべるお伽話の人魚――つまり、基本的に「肌色」で、上半身は人間同様……手かきなどもない、というものであることを鑑みれば、如何に特異性を出そうとしたか分かるだろう。

 ところで蛇足だが、記述を純粋に読む限り、海エルフはマーマンと違って陸上でのペナルティ・ダメージを受けないようだがこれはどうなっているのだろうか。「常識で判断(ry」で、干からびるとされた卓は多そうに想像されるが……ちなみに現行のD&D31では一定時間(【耐久力】時間)なら陸上で活動し続けられるが、それを超えると窒息のルールが適用されるようになっている。


30,31) 先に記したように、これは3.5版のことを指している。



3.RPGシーンにおける海のエルフ


 ここでは、RPGシーンにおける「海のエルフ」像の流れを追っていきたい。特に「RPGシーンにおいて」という視点であるので、RPGシーンを生み出したD&D型の海エルフの展開から眺めていく。


3-1.「D&D型」アクアティックエルフのその後

 登場の後、D&Dのモンスターマニュアルにはアクアティックエルフが記載され続けた。なのでD&Dの作り手が送り出してきた諸背景世界には、基本的にアクアティックエルフが存在し続けたと言えるし、現在32も存在し続けていると言える。

 特に、この海のエルフに独自の勢力と領域を与え、存在感を出したのが『ドラゴンランス』のクリン世界である。クリンではエルフの各亜種毎に設定が細かに付与されており、ダルゴネスティ(Dargonesti)及びディメルネスティ(Dimernesti)が海エルフのそれである。しっかりと小説にも登場しており、その領域は主人公達の冒険の舞台に(微かに)なった33

 他の諸RPGにもその再生産が見られる。D&DはやはりRPGのエポックメイカーであって、「RPGにおける『古典的』ファンタジー」はD&D的なものとして確立してしまっているわけで、例え発想の起点が異なるにしても、「RPG」と題されるあらゆるものは多かれ少なかれその影響を免れ得ない。要素のクローニングが発生する次第である。

 この再生産は特に、RPGの言わば「事象再生ツール」とでも言うべき性質に熱狂が集まり、「異世界再現主義」「シミュレーショニズム」34的指向が栄えた時代に顕著であった。この指向は世界の構成要素の細分化を促し、あるゲームは緻密な戦闘の再現に、あるゲームは背景世界をひたすら細かく書き込んでいく。ゲーム世界の生態系の緻密化は、当然の帰結の一つと言えただろう。

 このようなD&D型の海エルフが見られるゲームの例としては、『ファイティングファンタジー』、『ファンタズムアドベンチャー』などを挙げることができる。『ファイティングファンタジー』のタイタン世界なぞ、設定をうまく料理していて少し面白い。タイタンの海エルフは、陸上で開かれる全エルフの代表会議に出席するために、議場に水槽を持ち込み、入ったまま出席するそうな35。あってなきが如き扱いでなく、独特なイメージ――実際に存在感がどれだけあるかはさておき――を与えられたという点で貴重な例である。


32) 最前にも記したように、3.5版のこと。
33) まあ、とても主要要素であるとは言えないが……むしろ設定があると言っても、世界が世界なら「市民、混沌でミュータントなバルバロイは反逆です」と言って魔狩人にZAPされかねない設定という話はある。
34) 聞きなれない用語が並びいぶかしんだかもしれないが、どれも造語。字面から意味を察して下されば幸いであるが、「こういう感じ?じゃあこういう言葉の方がより適しているのでは」といった提案がもしあれば歓迎します。
35) 非人文的記述という意味でのメカニズムを使った、ルール的保障が行われていないのは残念ではある。元来ゲームブックとして実装していたシステムなので、複雑なことができないのはしょうがないとは言えるのだが。



3-2.「グローランサ型」シーエルフの派生

 先に述べた「ゲーム世界の生態系の緻密化」の果てに、D&D型と言うには差異が激しくなった「海のエルフ」もいる。『指輪』におけるレゴラスというキャラクターとロスロリエンの強烈なイメージのせいかと思われるが、RPGシーンの原風景にある「エルフ」という存在は、第一に「弓」と「森の住居」というイメージで飾られるようになった(森というイメージ自体は民俗伝統に則ったものと言えるだろうが36。この「森」のイメージを推し進め、エルフとは半ば樹木そのものであるとしたグレッグ・スタフォードの「グローランサ世界」の産物が、ここで語る海のエルフである。

 グローランサ世界のエルフとは植物の女神アルドリアの子と、人間の神話的始祖(神知者神話における「定命の祖父」)との合いの子であり、人のルーンと植物のルーンによって構成されている。半分樹木、半分動物だと言えるだろう。生まれるときも、受精した女性が種を生み、それを植えるとやがて子供のエルフが入った実が生る……という念の入った設定がなされている。
 彼らの容貌は、各人各種族に対応した樹木の種類によって異なり、寿命もそれに伴って様々である。種族単位で言えば、常緑である針葉樹の種族がグリーンエルフ、落葉樹がブラウンエルフ、熱帯雨林の木々の種族がイエローエルフ37。この辺りが代表的なエルフの種別であるが、ここまで来れば、海中の植物に対応したエルフもいるのだろうと想像がつくだろう。彼らの名をブルーエルフというが、これがシーエルフとも呼ばれているわけである。ブルーエルフは「赤紫の肌に糸のような髪、手に水掻きを持ち、下半身はウナギか鞭のような容姿」をしているという。

 グローランサ型とD&D型を分かつ根本的な差異は、グローランサ型が「生態系レベルで本質的に植物と結びついている」点である。D&Dが生み出した海のエルフ像に、模倣の域を超えた革新を積み上げたと言えよう。分類という視点に立って言えば、わが国の「ルナル」世界に海エルファという再生産が見られることを指摘しておこう。


36) 私はエルフに「森の民」というレッテルを貼るのをあまり好まないが、近世以降あるいは近代における学問的民俗発見を通じて、エルフという単語に矮小化した「森の小妖精」というイメージが強く醸成されたということは語らないのは公平ではないだろう。トールキンがレゴラスという主人公周りのキャラクターのエルフに弓を持たせたこと自体も、近世に入って広まった elf-shot をモチーフに作られているのであろうし。
37) この樹木の違いは例えば、グリーンエルフは年中活動できるが、ブラウンエルフは冬には冬眠するといった形で現れる。



3-3.「トールキン型」シーエルフの勃興

 さて、77年に『シルマリル』が登場し、年を追ってトールキンのその他の遺稿の出版も進むと、トールキン型「エルフ」像に関する情報が飛躍的に増大することとなった。これに伴い、トールキンのエルフイメージを、RPGの原点となった初期D&Dを介さずに、直接的に倣おうとするワールドデザインの流れが発生したのであった。

 この流れでの「海のエルフ」は、基本的に生物学的種族分類ではなく、特定の地域・文化に属するエルフに与えられる、言わば民族分類である。その分、必ずしも「海のエルフ」とは冠されず、エルフには(皆か一部にかはさておき)そういう文化がある、程度にのみ書かれる場合もある。この文化の特徴はといえば、人間たちが暮らす世界とは離れたところに故郷、理想郷的故地といったものを持つ点が挙げられるだろう。彼らの根拠がそこにあるのか、あるいは人界に残りながら彼方を仰いで暮らすのか、はものによって異なるにしても。

 トールキン型の海エルフは、例えば『ウォーハンマー』『Dragonquest』の海エルフ、またそのものずばりの、『指輪物語ロールプレイング』などにも見られる。我が国ではアウル・アエンダ(海の妖精族)を擁する『ローズ・トゥ・ロード』などが挙げられるだろう(そもそも『ローズ』の背景世界、ユルセルームはトールキン的世界構造を強く意識して作られている38)。

 『ウォーハンマー』のオールドワールド世界におけるエルフ本国はウルサーンという名であるが、繁栄はしているものの理想郷とは到底呼べぬところなど、『ウォーハンマー』の特色が出ていて面白い。また『ローズ』にはアクアティックエルフのような名を持つ水妖(ウンディーネ)もいるが、私はこの設定がとても気に入っている。妖精族が古代以来の力を維持することができず、四大属性に従って分化した――といっても、いわゆる元素精霊のようなものではないが――ニンフ的な、自然と結びついた形での「印欧的半神」の一側面。元素霊としてエルフ的半神像から分化していったこの側面を、北方のアールヴやシーのイメージに統合させた、とてもよい設定だと思う。

 ところで、海エルフという視点から見て興味深いのがD&Dの背景世界の一つ、フォーゴトン・レルムである。世界設定としては一応アクアティックエルフの存在も認められている39のだが、同時にトールキン的海エルフ文化を持った集団も存在する。エルフの本国であるエヴァーミートへ退去していくエルフ、またフェイルーン地方へ戻っていくエルフ。この辺りはきっちり『シルマリル』のイメージを踏襲しているのである。


38) この傾向を持つ国産ゲームとしては他に『ブレイド・オブ・アルカナ』などが挙げられるかもしれない。とは言えこの作品では「海」という要素は非常に薄く、「あるべきエルフの故郷」も「虹の橋を渡った先にあった天空の城(崩壊しているのだが)」と、むしろ北欧神話的である(もっとも、本作でのエルフ・アステエル自体の位置づけはもっと多義的であって、トールキンをオマージュしたというよりはトールキンがどのようにそのエルフ像を構築したかを弁えていた、と言うべきだろう)。
 ところで、もしエルスフィア系RPGがバンバン出て(反実仮想)海王ファマダの領域がサポートされる日が来ていたならば、「海妖精」があの世界に実装されていたかもしれないと思うのだがどうだろうか。空戦物(『ドラゴンシェルRPG』)を出す余地があるなら、海戦物や海洋冒険物が作られる分岐未来もありえただろうと思う。
39) モンスターマニュアルに載っているから、以上の理由があるとは思わないが。



4.終わりに


 本稿では、海のエルフという概念の発生と、その後の広がりについて概説してきた。ゲームに臨んでキャラクターを、あるいはシナリオを作る際、彼らの存在を選択肢に見出し、一回使ってくだされば幸いと思う。彼らを生かすためのキャンペーンセッティングとして、海洋冒険物ジャンルを提示しておく。

 いかんせん水界というセッティング自体がマイナーなせいだろうが、海エルフという、そのマイナーな特殊環境をさらに分化、深化する設定には需要がないままRPGシーンは推移してきたようである(根本的な話、「たまに海に行く程度ならマーマン/マーメイド(つまり人魚)で十分」という話があるわけで)。トールキン型はともかく、D&D型他の水棲エルフは言わば、エキゾチシズムのためのスパイス、というためだけに作り棄てられたようなものだ。我々RPGのプレイヤーとなる者は基本的に陸の住人であり、また都市の住人である。D&D的海エルフの登場するような水中の冒険などは発想が至りにくいところなのだろう。何度も文章で扱ってきて彼らに愛着もわいた分、多少残念なところである。

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