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脳血管にアルコールを廻しながら学術について雑惑 

1. Posted by 匿名血族.S 2005年10月31日 00:22
興奮しない学術は、ただのゴミだと思う。

そうですね…と一概に言うつもりはないですね。

そも興奮というのも非常に主観的なものですし。それに、一概に言うつもりがないのは、「学術」という単語で一概に述べることが困難だからです。私がまだ学部レベルということをお忘れなく。しかも我が人文科学の府は、学部レベルではあまり専門化が進まないのですよ。まして前期課程生に上の台詞を言ってやったらどういう反応が起きることやら、というものです。

例えば、「(一定の/既存の/基礎の)知識のまとめ・体系」を伝える、というタイプの講義だったら、そも、それに積極的関心を持っていない人間が興奮することはないでしょう。リベラルアーツレベルの諸講義が多かれ少なかれゴミ扱いされるのは、この点に大きな要因があると思いますが。

私が興奮したのは、件の講義がそういった講義だったからでなく、寧ろ先生が「学究の徒」としての姿、自分の最前線を見せてくれたという点に主な要因があると思います。「教授」としてではなく、「先達」としての姿を見せてくれた、ということにです。

ちなみに無論のこと他にも興奮する講義はいくつかあります。自分の主要な関心と合致していなくても、です。でも「講義に時間を忘れるなどかつてなかった」のは、少なくともそれをはっきり自覚したのは件の講義が初ですねぇ。ガイダンスの時はこんな講義になるなんて想像してなかったから、思考の死角を突かれたということもあるでしょうけれど…

しかしやはり、本当に最前線を見せてくれたからだと思います。歴史に注釈をつけているのではなく、歴史を(史学を?)書き換えようとしている(その大きさはどうあれ)わけですから。しかも、高校生の常識化しているレベルのことを、ある意味自分個人のパラダイムの内にも入っているレベルのことを(パラダイム云々は大げさですが)、書き換えられようとしている、という。

とは言え、思えば他の興奮する授業なんてのも大体似たような性質を持っていますね(つまり、学問のフロンティア的なところを扱っている)。まあ、つまり、レスとして言いたいことは何かと言うと、

学生に知識を与えることを、つまり「教育」を本質的目的とした学術(これを学術と言うべきかはともかく)は積極的関心がない限り興奮できないものである。だがゴミというわけではない。

ということです。中高の学業が退屈なもの扱いされる辺りいい例ですな。

教育が普及していないところでは、我々一般が基本中の基本としていることでも、十分にパラダイム変化の要因になり得るのであり、興奮剤になるんでしょうけれどもね。
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コメント

おおっと、変な捨てぜりふをはいたら、たいそう真摯な反論がw ええっと、酔っぱらい(反駁不能なほど支離滅裂な言葉を投げてるヤツ)に反論する際に、論理を持ち出すのは非効率だと思うよ。この場合、帰結は見えてるんだから具体例を探して説明した方がいいんじゃないかなぁ? 例えば、「小学校の算数楽しかったですか? もし楽しかったのなら、私(laeva 氏)と同じく教え手に感謝するべきですよ」とか(あまり良い例ではないけど)。
で、論理に基づく議論には論理で返したいという人間なので、以下長文蛇足。すごく無意味なことを言ってるから、あんまり気にしなくてもイイとは思うけど。
主張は、「興奮のない学術には価値がない」で、主として「学術」の定義と「興奮」の定義の確認から。内、どこまでいっても主観に過ぎない「興奮の定義」については議論する意味が薄いので、簡単に。学術における内容とは、常に「知らなかったこと」でありながら、「言われればその通りという内容」であることから、私は興奮する。この興奮は、スポーツとかの上手いプレーや、GURPS だのの複雑怪奇に各要素が絡まるシステム上で実装されたとてつもなくアホなキャラ、あるいは、ボイジャー宇宙機にの数百バイトの未使用メモリに放り込まれた自己修飾型マッチングプログラムとかを見る感じ。故に私の主張は、以上の定義の下では「(発見時点で)新しい真実を集めたものではないものを学術と呼んだらインチキだ」となる。
無論学術にきちんとした定義があるわけではないが、Wikipedia にある最初の言葉が、まぁ僕の用法に近い:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E8%A1%93
個々の事実が相互に関連しあうという仮定の下に体系化した仮説をたて、その仮説を検証する研究活動によって得られた知見の総体である。
というわけで、↑にもあるように、学術は基本的に
 1. 研究者間の合意に認定された事実
 2. 研究者間に共有された問題意識
 3. 真実発見の手続き
 4. 個々に真実発見の手続きの下で valid の意味で正しい
   a. 知識
   b. 知識に対する論証
 5. まだ真実発見の手続きにより論証されていない予測
からなっている。
で、もしも学術の結果をダイジェストで知ろうとしたら上の中から唯一 4.a. の知識だけを羅列したリスト(歴史なら年表と各事件の依存関係を表した表、数理系の科学なら何らかの定理)になっちゃう。でも、これだと実は学術もどきと学術の間に区別は見あたらなくなる。法哲学を欠けば法学は学術じゃなくなる道理。そりゃ手続きで、まぁ法「術」とかいうものになる。ちなみに、法学の数は歴史上あんまり無いけど、法「術」は各権力者達が銘々ちゃんと持ってた技術だから、たくさんたくさん存在する。もしそれら法「術」をカテゴライズしたら、それはそれで学術になるよね。
で、↑の定義要素の具体例を考えていくと、結構面白い。例えば、「哲学はタレスに始まる by アリストテレス」けれども、論理学が整備されたのはその発言者であるアリストテレスによってであるわけだ。グロイね。それ以前の哲学は、あとから新しい真実発見の手続きである「整備された論理」を使っても一部は生き残ったけれども、当事者達は必ずしも論理に従ってそれら知識を導いていたわけではないわけだ。多くの場合、デッドロックしている学術の分野(例えば情報科学における P=NP or P≠NP 問題)などは、問題意識とその帰結は予想が付いているんだけど、既存の真実発見の手続きがうまく機能しないから手つかずで残ってる、という格好をしている。ちなみに、経験上こういう場合はそもそも問題意識がおかしいことが、あとから分かることが多いけれども。
で、各学術に対してこうして「学術の構成要素の内、a priori に認められていた対象」が実は時代によって非常に同期してるよなぁ、ホントのところ学術分野に対して全然独立じゃなくて、むしろ時代精神を表してるよなぁ、というのに気が付いたクーンという学者がいて、そこで彼はそれに「パラダイム」という名前を付け、パラダイムの存在を公に認めさせ、さらにそれがどのように変化するかとその科学に対する意味を考えることを思いついたわけです。
以降、科学哲学という「学術」がうまれるわけですよ。
ちなみに、TRPG について以上の意味で学術的結果は存在していないから、悪しからず。
というわけで、文化の日にふさわしいコメント爆撃でした、チャンチャン。
(編注:コメントの結合と、誤植訂正の適用をさせていただきました)

…大学初等レベルにおいても「数学」という名前が付いている授業で教えられているものは「算術」であるというのが現実ですしねえ。
(そしてその「算術」自体は多くの理系な学科において広範に使用されてる基礎的な素養であったりする)
 特にここに書き込んでいる三者の通っている大学の場合、大雑把な指導範囲が決められているもののその指導方法に(というか本質的に「何を教えるのか?」のレベルで)各講師の間に大きな乖離が見られるというのは問題が多いと思うんだよなあ。必修で授業を選べないんだし。
 それはそれとして、バイト先で理系の一年生の講師(つまりは大学生)に数学の質問されてた時に、やっぱ教え方と問題意識を何処に置いてあるのかって明確にしないと伝わらないよなあ、と思ったのが最近だったので書き込んでみたがやっぱまとまってないなあ。

酔えば酔うほど空気が読めなくなる!これぞマジレス神拳!
マジレスラーとも言います。
【超人レスリングと同レベル】

ホント、徹底してどうでもイイ話題なので、いっそ清々しいよな。

というか実の所、単にテキトーに言葉を捕まえてダシにし、何か放言したいだけちゃうんかと、と思っていただければ間違いはないですね。
てーか何が言いたかったんだっけ…酔っ払いだったからな…
>>「小学校の算数楽しかったですか? もし楽しかったのなら、私(laeva 氏)と同じく教え手に感謝するべきですよ」
これこそ例が悪いというか、キモイですよw。ぶっちゃけ遭遇してきたほとんどの教育者にほとんど感謝してないし、それこそ「ゴミだな」と思うことも多々あります。
>>興奮しない学術は、ただのゴミだと思う。
に共感する所が普通にあるからこそ、あえて違うことを言ってみたくなるわけですわ。

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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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