レーヴァテイン(laevatein)概論
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やっと時間ができたので、とりあえず昔(去年の駒場祭で会誌に寄稿したので、8ヶ月前か)書いた原稿にちょこちょこ手を加えつつあげておくことにした。いつかやろうと思いつつ放置してることって、多いなあ。
内容は自分のハンドルの直接的ソースでもある「laevatein」の解説。「RPGとかTCGの記事が載る雑誌に、ファンタジー教養系の記事があるのは自然なことだ」とか詭弁を弄しつつ、知識の切り売り感がたまらない喃(真の締め切りが切羽詰まっていたのでとりあえず楽して書ける、あと肥大化しない題材を選んだ)。
laevatein(レーヴァテイン)とは、北欧神話に見られる武器の名である。直接的語義は「災いの小枝」というようなところで、一般的には(ひょっとしたら日本の限られた一般なのかもしれないが)世界を焼き滅ぼす巨人スルト1の持つ炎の剣、という説明がされているようだ。原語、つまり古ノルド語2では「lævateinn」と綴り、これが近代独語・英語などに入って「laevateinn」「laevatein」などと表記され、わが国に露出することとなる。
2) 古ノルド語とは、古い時代、大体14世紀ころまでの北方ゲルマン諸族の言語を指す。残っている文献のほとんどがアイスランドのものなので、古アイスランド語という単語がこれとほぼ同義に使われたりしている。
この武器の出典は『Svipdagsmál(スヴィプダーグの歌)』である。『エッダ3』に見られる詩と同形で、エッダ詩と呼ばれる詩群に分類される(次に書かれる事情によって、「後期」をつけて呼ばれることもある)のだが、成立が比較的新しく基本的な写本に収録されていないため、わが国に『エッダ』として紹介されることはほぼ無きに等しい(よく知られた形の『古エッダ』は9~12世紀辺りに確立した詩を収録しているが、この『スヴィプダグの歌』の成立は13・4世紀辺りと考えられている)。
以下に該当箇所を引用する4。『スヴィプダーグの歌』の42節、あるいはその後編5『Fjölsvinnsmál(フョルスヴィズの歌)』の26節、巨人 Fjölsviðr 6(フョルスヴィズ)が、本編の主人公 Svipdag(スヴィプダーグ)と問答しているシーンである。世界を覆う大樹 Mimameiðr 7(ミマメイズ)の最も高い枝に、Viðópnir(ヴィゾフニル)という雄鶏がいるのだが、フョルスヴィズ、これをヘルの館(冥府)に送れる武器はないかとスヴィプダーグに問われて曰く―― 8
Fjölsviðr kvað: | フョルスヴィズは言った―― | ||
Lævateinn hann heitir, en hann gerði Loftr rúninn fyr nágrindr neðan; í leigjárnskeri liggr hann hjá Sinmöru, ok halda njarðlásar níu. | レーヴァテインというものがある ロプトがルーンを込めて作り上げたのだ 死の門の下から。 それはレーギャルンの箱に入れられて シンモラがその上に横たわり、 九つの錠が堅固にかけられている。 |
そして、巨人はそれを得る手段はないかと聞かれて「とても珍しいもの、ヴィゾフニルの羽根でも持って行き、シンモラへの贈り物にすれば彼女は喜んでお前がそれを得るのを承諾するだろう」 と返答する9。
ここでは、レーヴァテインをシンモラからもらう過程に「正規の贈呈」でないニュアンスが認められるようにも思われる。それ故、ありていに言って「盗んでいく」ための手段が問答された結果がこれだ、という――つまり、シンモラが守ってはいるが、彼女自身のものではない、という解釈が存在する。ここから、「おそらくレーヴァテインは夫のスルトのものだろう」と発想する者が出てきたのだろう10(この夫婦関係も、必ずしも自明ではないのだが)。
4) 和訳も付したが、言明しておくと著者に古アイスランド語文法の素養はなく、ベロウズ(Henry Adams Bellows)などの英訳にかなりの範囲で依存している。
5) この詩は、本来アイスランドなどで別々に歌われてきた二つの詩『Grógaldr(グロアの呪文)』と『Fjölsvinnsmál(フョルスヴィズの歌)』が「本来同一の歌謡であった」として19世紀にブッゲ(Sophus Bugge)らがまとめたものである。追記すると、本稿では彼やファルクによる校訂を前提として受け入れたものを「原典」と扱う。
6) この名は「途方もなき智者」程度の意味。英語で言うと Much-Wise。オーディンの別名の一つだが、この巨人とオーディンを同一視できるかは、自明ではない。
7) 名高い「mjötviðr Yggdrasill(世界樹ユグドラシル)」と同一と見てよかろう。
8) 詩中の固有名詞について解説すると、ロプトとは北欧神話におけるトリックスターの神、ロキの別称であり、ルーンとはアース神の主オーディンが編み出した(魔力ある)文字。レーギャルンは「病を愛す者」を意味し、これはロキの別称の一つだとされる(校訂以前では、Sægjarn 海を愛す者となっていたりもする)。そしてシンモラは、ムスペルヘイムの主スルトの妻、と考えられている巨人の名である。死の門だが、不明。ニヴルヘイムへ行く折にある門かもしれないし、そうでないかもしれない。私見は後述。
9) 余談であるが、巨人が実質的に言っていることは「ヴィゾフニルを殺すためにはレーヴァテインが必要だが、レーヴァテインを手に入れるためにはヴィゾフニルを殺さなければならない」ということである。
10) この段階で言っておくと、実のところ、端的に言って「レーヴァテインがスルトのものである」という説は具体的根拠が薄弱なわけで、思いつきの域を離れていない、とも言える。
さて、ムスペルヘイムはスノリのエッダに登場する言葉である(Múspellsheimi ムスペルスヘイム、ムスペルの国)。スノリによれば、北欧神話において最初に存在した世界であり、「明るく、熱く、その辺りは炎をあげて燃え上が」っている国だという。そのため「炎の国」というように表されることが多いが、「ムスペル」自体の語義は不明である(よく「炎の巨人族」などという言い方もされるが、「炎」も「巨人」も、いずれも便宜的類推の域にとどまっている)。古エッダの『Völuspá 11(巫女予言)』によれば、「原初にはただ gap var ginnunga(奈落の口)があったのみ」とされるが、スノリにおいては「時の始まりより奈落の口12の南にムスペルヘイムがあった」とされている13。
『巫女予言』によると、「ムスペルの軍勢」が世界の終末戦争(Ragnarök、ラグナロク、神々の運命)において東からロキの操る船に乗って神々に来襲し、そしてスルトが南から sviga lævi(枝の破滅)をもって攻め上ってくる、とされる(この語は「炎」を表すケニング14)。また古エッダの他の詩(例えば『VafÞruðnismál(ヴァフズルーズニルの歌)』)を見ると、この終末戦争は「スルトと神々の戦」などと呼ばれ、スルトは神々に攻め寄せる軍勢の代表として描写されているように思われる。最終的に全界は火に覆われ焼き尽くされるが、この火はスルトがもたらしたものと思ってよいだろう(後述)。
また、スノリによればスルトはムスペルヘイムの国境を守っているとされ、Ragnarøkkr(ラグナレック、神々の暗闇)においては前後を炎に包まれながら、loganda sverð(燃え盛る剣)を携えてムスペルの軍勢の先頭に立って攻め寄せる。そして戦場を荒し回り、神々を殺し尽くし、最終的に大地に火を放って全界を焼き滅ぼすのだとされる。
12) スノリのエッダでは「Ginnungagap」と表記されている。「奈落」という単語はうまく適合してしまう分、かなり無感覚に置換されているのでは……とはいえ確かに訳し難い。語義的には「超越的空虚」くらいになろうか。ginnungaは「(アース・ヴァンといった神々に比しても)超越的存在の」くらいの意味。
13) そしてニヴルヘイム(霜の国、後の冥界)が奈落の北側にでき、そこから流れる霜と、ムスペルヘイムから流れる熱風がぶつかり、やがて奈落を埋める世界の元(始原の巨人ユミル)となる……というのが北欧神話の創世までの話である。
14) ケニングとは、通常二単語を以て一つの概念を表す、北方ゲルマンの詩文で使われる比喩語法。詩的代称法、などと和訳される。ケニングの例として、「白鳥の道(=海)」「矢の雨(=戦)」「荒野の住人(=狼)」などがエッダに見られる。
さて「スルトの持つ武器」であるが、ここまで紹介した文書から次のような情報をまとめられる。
『巫女予言』
スルトが剣の形で「武器」を持っているかは明確でない(まあ「スルトの武器は火であった」程度のことならば言えるかもしれない)。この時点で、彼の「武器」の名前は「sviga lævi(枝の滅び)」であり、おそらく単に炎のことを表していた……とは言えそれ以上に、世界樹ユグドラシルの枝葉である九つの世界を焼き滅ぼす炎のことを暗喩している、とも思われる。
『ギュルヴィたぶらかし(スノリのエッダ)』
ここで、スルトが剣を武器として持っていた(あるいは彼の武器が剣で表される)、という描写がなされるようになる。ノルマンの戦士たちが「何らかの武具を持っていて当然」と考えたこともあろうし、終末の戦いにおける対手たるフレイの武器、失われた豊饒の剣15との対比・連想の結果によるものかもしれない。ここでは彼は「loganda sverð(燃え盛る剣)」を携えており、それは太陽よりも明るく煌めく16――と描写されている。
16) こう書くと我々日本人には過剰に凄く見えてしまうので注記しておくが、北欧での太陽は、我々の世界より弱々しいものである。低緯度地域における太陽神の輝かしさに比して、北欧神話における太陽は数ある被造物の一つに過ぎず、その御者たる女神も半神と分類した方がいいような存在なのだ……と、こう書くとやはり過剰に低く見えてしまうのかもしれないのでまた注記するが、人間にとっての価値は等しいものである。人間世界を照らす、あの太陽を圧するほどの――!という認識自体には何も間違いはない。
『スヴィプダグの歌』
ここでついに固有名詞として登場する。ロキがルーンを込めて鍛え上げた武器 Lævateinn。おそらく地下・下方空間(ヘルのいるニヴルヘイムかどうかは自明ではない17)と関連性があり、スルトの妻シンモラが守っている。世界樹の頂上に住む極めて珍しい鳥と同程度には貴重。
この名詞は læva と teinn から構成されており、læva は「滅びの」「災いの」程度の意味を、teinn は小枝を意味する18。おそらくこの表現のインスパイア元である sviga lævi 同様に、この組み合わせを単に「火」と解することもできるが、語の修飾関係と、teinn が単体で「剣」を表すケニングとして使われることが多いことを考えると「火」という一単語に置き換えるのは必ずしも適切ではないだろう。「諸々の滅びの剣(小枝)」「数多の災いの剣(小枝)」「幾多の害為す剣(小枝)」といった風に訳すとそれらしいだろうか。複数形にしておくのもバタ臭いので、ここでは「災厄の剣」などそれっぽくていいのでは、と提案しておく。
18) 実際のところ、sviga も大枝と言うべきものでは全くないのだが、teinn はより「小さく、細い」ニュアンスが込められており(英語の tiny と同根)、他に「芽」などの意味もあるような言葉なので、あえてこちらにのみ「小」を付した。まあ、谷口幸男氏リスペクト、というのも大きいが。
レーヴァテインがスルトの剣かどうか、という問題であるが、sviga lævi と Lævateinn の質的類似は、詩人が巫女予言を下敷きにしてこれを作ったのだろう、という類推を成り立たせるには十分と言えようし(スノリが強調したように、スカルドは背景となる神話の知識や先行詩について熟知するべき、とされていた)、これはレーヴァテインこそが「スルトの炎の剣」であるという言説の蓋然性を高める19。学説として述べるならともかく、歴史(神話)ロマンとしては申し分なく肯定できるレベルにあるだろう。
さて、このような前提をもとに前節の三書の記述をまとめると、Lævateinn レーヴァテインに関する情報は次のようになる。
「スルトが神々の世界の終末に持ち来たる武器。銘の語義は「災厄の剣」程度。製作者はロキであり、形状は剣。おそらく刀身が燃え盛っており、『太陽よりも明るく』煌くほどである。おそらくはこれまたロキによる箱に厳重にしまわれて、スルトの妻のシンモラが管理している」
なお、私もよく勢いで「この剣が世界を滅ぼす」などと書いてしまったりもするわけだが、別にこの剣が世界を滅ぼすわけではなく、世界を焼き尽くすのはスルトである。
なお、訳として「傷つける魔の杖」「害なす魔杖」とかいうのがよく見受けられるが、これはおそらく英訳の一つ「Wounding Wand」をさらに和訳したものだと思われる。Truth in Fantasy シリーズの何か辺りが出典だと思うが、まだ調べていない。個人的には teinn を Wand としたのは巧い訳だとは思うが、それをさらに日本語にしようとすると微妙になってしまう。Wand を杖と訳すと原義から大分離れるのだが、適切な日本語もなかなか思いつかない。
ところでこの(「魔の杖」系)語義提示から入った方にはこれだけ言っておこうかと思う。つまり、「杖ではないので安心して剣の名前に使っていただきたい」ということだ。まあもちろん杖に名付けてもらっても咎める者はいないので、どうでもよくはあるのだが。
谷口幸男訳 『エッダ ―古代北欧歌謡集』 新潮社、1973。
谷口幸男著 『エッダとサガ ―北欧古典への案内―』 新潮社、1976。
Normannii Thiud & Reik:http://www.normanniireiks.org/index.html
CyberSamuraiEnc. NorseMythology:http://norsemythology.cybersamurai.net
Northvegr Foundation:http://www.northvegr.org/main.php
さて、以上で laevatein の概説を終える。最低限必要な情報は記述したつもりであるので、読者諸氏が北欧神話から剣やらにこの名を引っ張ってくる時にはそれなりに自信を持って使っていただいてかまわない、と、傲慢なことを思ったりもするが、読者に専門家の方がいらしたら、批判・訂正等をいただけることを是非に期待している。学術のレベルにないことは流石に自覚しているので。
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スルトが世界を焼いた剣は,レーヴァテインとされることが多い。この剣を鍛えたのは,北欧神話でトリックスターとして活躍した奸智の神ロキであり,冥界ニブルヘイムの門前で,ルーン魔術を駆使して鍛え上げたという。どのような経緯でスルトの手に渡ったかは不明だ。普段はスルトの妻シンマラ(shinmara)が,九つのカギをかけた箱に保管している。
レーヴァテインは燃え盛る炎の剣で,その輝きは太陽のそれを凌駕するほど。レーヴァテインは「災厄の杖/枝」という意味だが,このネーミングは非常に興味深い。というのも,ラグナロクで猛威を振るったフェンリル狼の別名ヴァナルガンドは「破壊の杖」,世界蛇ヨルムンガンドは「大地の杖」と呼ばれており,どちらもロキの子供である。ひょっとしたらレーヴァテインも単なる武器ではなく,魔物/生物であったのかもしれない。そう考えると九つのカギをかけた箱(オリ?)に保管しているという記述もあるし、
連想としては面白いし、
解釈としては良いと思うんですけどね
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