/*http://blog-imgs-86-origin.fc2.com/n/i/r/nirvanaheim/css/91108.css*/

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

RPGの基本的問題について雑惑中 

 真面目な話を書くつもりはまったくなかったので、テキトーに雑惑して終わる予定で捲いて書こうとした筈だったのだが長くなった。長いといっても、まだたかが三千字程度のようだが。書きかけで、今から他の用事に忙殺されるので中断するが、テキストファイルのまま放置したらいつものように冬眠させてしまいそうなのでとりあえず一端アップしておく。こうすれば未来のワシも続きを書く気になろうて。

 あといつもと違って「である、だ」調ですが気にしないで下さい。論文・レポート書くときのクセが出ました。
 1.ストーリーとノリ、ロールプレイ

 2.ゲームシステム、ゲーム、システム


 これらを2項対立のように述べ、「RPG」というものにおいて、1と2を互換性のあるものであるかのようにする言説がある。「互換」と言うと、誤解を招くかもしれないので言い直しておく。つまり、

「両者は対立するものであり、RPGという遊びにおいて、両者はいずれかを(重視して)採用されるものである」

「両者はこのRPGという遊びの構造の中で、同じ位置・段階に位置づけられる」

そのような前提理論を持った言説である。



 私はこれらを支持しない。

 何を言っているのかこの人等は?とかねてから疑問に思っている。



 RPGにおいて、システム…つまり、一個のRPGタイトル(ここで「ゲーム」という単語を、先に述べたバイアスのために使えないのは残念なことだ)が内包する諸要素は(これに「世界設定」等が含まれるか、についてまた議論が存在することになるだろうが、差し当たりここでは重要ではない)、RPGのプレイヤー(本稿ではこの「プレイヤー」という概念は、ゲームマスターも含む)のプレイの、その内容を表現するために存在する。そのプレイをサポートするために存在する、と私は考える。
(なお以下では、上記の「プレイ」を「プレイング」などと表記するが、「まさにセッションで起きていること」などというような含みを与えようとしてみた。これは「ストーリーとノリ、ロールプレイ」や、「タクティカルコンバット」や、とりあえずプレイヤー達がセッションにおいて表現しようとすることをあらかた含んだ概念だ、と考えてほしい)


 あるタイトルを使ってRPGをプレイしている際に、もしも「ロールプレイとゲームシステムで、どちらかを優先させないといけない」場合、つまり、「一方のために一方を捨象しなければならない」状況…が発生したならば(この変換が不当なものと思ったら言ってほしい)……それが示すことは、「両者は対立するものだ」ということではない。この状況が示すことは、「そのシステムは、そのプレイングを表現することに失敗しているのだ」、ということに他ならない。


 そしてこのような状況に当たって、プレイヤー達が為すべき選択を、「ロールプレイとゲームシステムのどちらか」などと、同格の要素を取捨選択するかのように表現するのは誤りである。つまり…

そのシステムの表現力内で納まるようにプレイングを修正するか。

あるいは…

プレイングに合わせて、(少なくともその空間で適用される)システムを新しく作り出す(拡張する)か。
(なお、その新造/拡張されたシステムが、いわゆる「ルール」「システム」「メカニズム」と言えるほどに洗練されているか、明文化されているか、ということは問わない。「このような状況は発生する」と決定する、というだけの行為も含む)

プレイヤー達が行なっているのは、このような、二択なのである。



 私が何かのタイトルを「システムとして優れている」と評価する時、その評価基準は「表現力が高いこと」である。あるプレイヤーが何かをやりたい、と思った時に、そのことがそのメカニズムで、一定の──そのプレイヤーが失望しないだけは欲しい──レベルで表現できれば、それはよいシステムなのだ、と思う。


 念のためここで言明しておきたいことがあるのだが、この評価基準に照らして評価が低いタイトルを遊んだとしても、それがセッションのつまらなさに直結するわけではない、ということだ。いつもの友とファイティングファンタジーを遊んでも、おそらく普通に楽しいだろう。
(FFを例に挙げた。何でもかんでも「技術だろう」「運だ」と言って処理してもそりゃいいだろうが、この「メカニズム処理」が、「その状況を十分なレベルで表現している」とは言い難いだろう、と私は思う。)

 上の「二択」における後者の選択肢は、「困難だ」とレッテルを貼られるようなものではない。RPGの経験のない、まったくの一般人が空気を吸うように行なえることも多々あるだろう。例えば、ガープスのように人間的特徴をデータとして用意しなくても、また、世界設定に「この世界のこの地域の人間は大体これこれこういう気質を持っています」と書かれていなくても、多くのRPGプレイヤーは、容易に自分のキャラクターの性格を決めたり、ある状況に対しての情動を想定したりしているのではないだろうか?

 そもそも森羅万象をメカニズムとして設定するなどというのは不可能なことで、大体のシステムでは、特にプレイヤーの日常的行為、文化などから類推可能なことは、プレイヤーの主観や直感、また行動でカバーできる、と委譲しているのは自明のことかと思う。
(戦闘を代表とする肉体的行為を表現するメカニズムが、ほとんどのRPGシステムに搭載されているのはここら辺に原因があるわけで、つまり世の中の大抵の人間は剣を持って戦ったこともないし、屈強な戦士になったこともない。もちろんモンスターも見たことがない。プレイヤー間の直感的やり取りで戦闘を繰り広げることは不可能である。一方、交渉関係のメカニズムが発達していることが少ないのも単純な話で、「喋る」という行為はほとんどの人間が日常的に体験していることである。また、生来のものか、仕事上の必要か、様々な要因があるだろうが、多弁になる瞬間もほとんどの人間が体験したことのあるものである。わざわざメカニズムを搭載しなくても、プレイヤーの主観や直感、また行動でカバーすることはかなり容易なことだ、というわけである)

 で、ここで問題になるのは(プレイヤーの日常的行為、文化などから類推困難であるのか、否か、によらず)、既存のメカニズムでサポートされていない事象を(プレイヤーの主観や直感、また行動でカバーするに留まらず、あるいはカバーできず)メカニズム化する、それを表現できるようシステムを新しく作り出す(拡張する)ことの難易であるが──本稿の主題とはとりあえず離れるので、ここで深く踏み込むことはしない。

 脱線が過ぎたのでそろそろ元の話題に戻るが、とりあえずこの脱線の中で押さえておくことは次の2点である。まず、「システムの評価の高さ=RPGの面白さ、ではないのは当然の前提ですよ」ということであり、もう一つは「あることを表現するためにメカニズムを新造・拡張する(そのことの難易に関わらず)余地がなければないほど、私はそのシステムを高く評価する可能性が高い」ということである。


 さて、システムの評価の話。まずはここの話の前提を挙げておく。つまり、本稿冒頭からお察しいただけるかとは思うが、「ストーリーとノリ、ロールプレイ」もメカニズムで表現・サポートされて然るべきものである、ということである。これを行なっているシステムと行なっていないシステムとでは前者の方が優れていると言える(もちろん、そうでないと主張するための前提条件付けをすることは容易である。とってつけたようで他の部分のメカニズムと整合性がないだとか、あるいはそのメカニズムが無駄に詳細で運用困難だとか。不毛であるからここでは踏み込まないが、上の「~の方が優れている」という単純比較は具体論でなく、理念として、の話である)。



 ──続く──
関連記事

コメント

>、「両者は対立するものだ」ということではない。この状況が示すことは、「そのシステムは、そのプレイングを表現することに失敗しているのだ」
と、プレイヤーが合意した、のだね。
補足の理由だが:プレイヤーの持っている、「システムを理解する技能」の範疇外にあるシステムは、ホントウはそのノリその他を表現することができる「かも」しれないから。こう考えることで、ルールを読む技量、記述する技量、といったことに注目する事ができる。
自分の「ルールを読む技量」を棚に上げてゲームのシステムを批判する言説が出てきて、言論空間を非常に不毛にすることが時々あるから、RPG を語る上ではよくよくこの点に注意して、同じ轍を踏まないようにしたほうがいい。

>そもそも森羅万象をメカニズムとして設定するなどというのは不可能なことで、大体のシステムでは、特にプレイヤーの日常的行為、文化などから類推可能なことは、プレイヤーの主観や直感、また行動でカバーできる、と委譲しているのは自明のことかと思う。
昔、mEt 氏が同じ事をおっしゃっていて、「その通りだよなぁ、森羅万象をシミュレートできる理論があったら、とっとと論文発表すべきだよな」と、思っていた。
今はそう思っていない。というか、たぶん私も氏も、同じ発想のドツボにはまっていた気がする。
ゲームというのは記号化に伴う陳腐化だけれども、RPG が記号化しようとしているのは「現実」ではなくて、「物語」だということに気が付いた。
それも、「よい物語」、しかも「一般には、使い古された物語」に強く限定して構わない。
独創性が高すぎる物語は、小説のように他人がストーリー進行に介在する可能性を排除した上で一気にまくし立てる必要が、どうしてもある。せいぜい話し言葉程度で、しかも物語そのもの(つまり、三人称的なツッコミと延々とした解説抜き)で、たかだか数十分の間に共有できる情報なんて、たかが知れている。故に、RPG は陳腐な話を元に展開されることが多い(萌えキャラ談義と紙一重になる可能性がある理由は、RPG の本質に内在していると思う)。実際、M:tA のセッションが難しい理由はそこにあると思う。純粋に、科学と魔術の基本的理解なんぞ、プレイヤーに対して普遍的に求める方が間違っているだろう。
だから、実は RPG はこと「サブカルチャー文学」に特化して、それをいくらでも生成できるように公理化されていれば十分なのではないか、と考えるようになった。ここまで問題を限定すると、むしろ建設的な結果が出ない方がおかしい気がする。
では、我々は何故「RPG は仮想現実をシミュレートしなければならない」と考えていたのだろう。
たぶん、我々は口で言うほどには「RPG は物語を作る過程を楽しむゲームです」という言葉を、文字通りには受けとっていないのではないか。例えば、SF のシミュレーション畑から生まれてきた MegaTraveller 等の GDW ゲームに顕著な特徴なのだが、公正な審判がいて、非人間的、機械的な判定用の公理系を使って「現実にありそうな結果を出力する」、という「ハード SF 的世界観」があって、プレイヤー達はその「中立、機械的な系の中で、他の NPC と同じく公平な地位で競争する」といった世界観が強く固定観念として存在したのではないか、と思う。
RPG のシステムというのは、別にありそうな結果を出してくる必要はなくて、ただ面白い結果が出てくればいい。ただし、「面白そうな結果」という部分に作者の恣意性が発生するので、それをなるべく隠して、プレイヤー達の方がシステムの出力結果を自由に解釈して楽しめるようにすれば、それで良いのではないか。
そういう意味では、RuneQuest や Traveller, AD&D だけで RPG の典型例を考察することは、かなり危険なことなのだと思う。
面白いことに、「物語さえできていれば予見可能性にはこだわらない」というゲームには、スラップスティック系のシステムが多い。恐らく、(RQ 等のように背景世界など、中立な機械を通して世界法則の PC/NPC 平等性を担保するような RPG と対比して)直接に物語を弄ろうとするようなシステムは、よほどうまく作ってやらないと物語の中にナンセンスな物語断片が混入してきて、ゲームを妨げるから、なのだろう。ナンセンス文学を再現することを念頭に置くなら、これらは問題とならないからこそ、T&T やドラゴンハーフRPG、PARANOIA、HoL、Violence、Tales from the Floating Vagabond といったゲームに搭載されるのだと思われる。
だが、これも状況をきちんと限定できれば恐らく回避できるのではないか。例えば、あれほどに精密なシステムで知られる硬派な RPG であるロールマスターだが、恐らく経験者皆が一度は痛打表で爆笑したことがあるし、それこそが魅力となっている。あるいは、RQ の戦闘のファンブルしかり。そして、Classic D&D のランダム宝物作成表に対して、本当に楽しかった思い出を持っている人は多いはずだ。そして、SAN チェックがある。
だから、「森羅万象をメカニズムにできるか?」という問題意識に束縛される時、実は発想が暗黙の内に中立な資源をやりとりするマルチプレイヤー戦略ゲームに固定されているのではないか、という問題提起はしておきたい。
(編注:コメントを結合させていただきました)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nirvanaheim.blog116.fc2.com/tb.php/146-6f5ded9f

プロフィール

laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

コメント

トラックバック

RSS

最新記事

リンク

SkypeWeb

スクラップ

Tweets@nirvanaheim

検索フォーム

月別アーカイブ

 

記事カテゴリ

記事タグ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。