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つまるところ「RPGの基本的問題云々」という記事 

 で何がしたかったのか……を書いていたら、まだ途中なのに1万字越えそうだったのでとりあえず半分(?)うpしときます。編集って難しいですね。でもアップしてみたら、半分ですが、うわ短っ!

 これ終わったらとりあえずここのコメントにレスして、その次に「日本RPG近代史」を書くつもりです。メカニズム史を中心に。

 以前の記事は、端的には先月初めに某先輩が、というかどうせここは氏の目に入るだろうので、るう氏が書いていた(引用されると不快、だった場合はおっしゃって下さい)、

今、世界設定を読んだわけだが、思った以上に伏線が張ってあってキャンペーンネタが作りやすくできているようだ。ふむふむ。
確かにリプレイこそF.E.A.R.的ノリで書かれているが、ルールブックの超あとがきにあるように、ひょっとしてSNE的なプレイスタイルにも耐えるようにシステム設計されているのではなかろうか。
普段私は、FEAR的(といっても全てのFEAR系TRPGがそうだと言っているわけではない)とは「ストーリーとノリはゲームシステムに優越する」、SNE的(といってもry)とは「ストーリーとノリはゲームシステムの運用で表現する」という意味で考えている。言い換えればFEAR的=キャラクター重視傾向、SNE的=システム重視傾向とかか(どちらももう一方を軽視しているといっているわけではないので念のため)。
ただ、今言うFEAR的、SNE的というのはキャンペーンの作り方について言っているわけで、FEAR的=世界設定を追加しうる大事件、SNE的=世界設定を補完しうる大事件、という傾向があるように思える。NWとルナルのリプレイを比べてみればわかるだろう。
ふと、FEAR的=ダーレス的、SNE的=HPL的、というのが頭をよぎったが、きっとそんなことナイヨネ。

という文章へ何かコメントしようとして、どうせなら一個何かまとめた文章を書くかー、と思って結局ずっと冬眠していた後の結果……のそのまた断片だったのですが、とりあえずまた冬眠させるのもなんなので、手早く回収せんとす。とりあえず直接のコメントとして。



 私には、氏の言う「SNE的」「FEAR的」という単語が全く理解できません。SNEのどの著作から「ストーリーとノリはゲームシステムの運用で表現する」プレイスタイルが導けるのか、分かりません。またFEARのどの著作から「ストーリーとノリはゲームシステムに優越する」というプレイスタイルが導けるのか分かり ── まあ、こちらは推察できます。氏の文章から推察するに、専ら「きくたけ」という人物しかサンプリングしていないのではないでしょうか。そしてこれが正しいとしたら、それは大いなる誤解につながる、と言わせていただきたいところです。きくたけ以外のリプレイも読んだ方がよろしい。

 私に言わせれば全く逆 ── まあ、逆と言うのは語弊なんですが ── つまり、FEARの諸システムの方こそが「ストーリーとノリはゲームシステムの運用で表現する」と言うべきものであって、SNEの作り出した諸システムに比べ、ストーリーやノリをシステム的に運用・制御するという点において進歩しているのだ………というのが私の意見なわけです。




 きくたけ氏は業界において特異な存在ですし、FEAR内部においてもまたそうであると言えるでしょう。S師は上へのコメントで、

おそらく、N◎VAの印象が FEAR には強いのだろうけど、あそこの中は元々全く異なった系統の作者達が、後に統合されたという経緯があって、その中できくたけはノリこそ天羅に近いものもあるかもしれないけど、そもそもシミュレーションゲーマーなんだよね。比較的オーソドックスなメカニズムに対して、「萌え・燃え」という意味で破天荒なポリシーを搭載するのが、一番得意なはず。

と述べていらっしゃいますが、その通り、きくたけ氏は「元々全く異なった系統の作者達が、後に統合された」という性質を残した数少ない人物です(この性質は、FEARからすでに淘汰されている、という事実は提示しておきますが……ところでツクダ製SGを畑に育ったRPG業界人って他にいるんですかね?)。

 所謂「FEARゲー」の確立の横で、自らは変わらず『セブン・フォートレス』を継続させましたし、最近でも独自の人脈を活かして『E-LOGIN』誌や『マジキュー』誌にと露出を広げていったりしています。その独自なラインは、『アリアンロッド』を出した時に、「『セブン・フォートレス』系列を他の昨今のFEAR風にシフトさせた」だの、「SNEっぽいFEARゲーを送り出した」だの言われた辺りからも察せられるところでしょう。



 まあ、この辺りの位置から、上の文章に対するS師の以下のようなコメントが引き出されるわけですね。
うーんと、作者がきくたけで完結しているなら、彼の作るメカニズムはむしろずっと SNE 的で一貫しているので、そういうことなんではないかなぁ?

 ここで一旦、私はここに、そして冒頭の引用に現れる「SNE的」という単語に疑念を表明しておきます。氏、つまりきくたけ氏の作ってきたメカニズムは「SNE的」か?

 敢えて言明しますが、そんなことはありません*。

* 正確に言うと、一つあるのですが、私が「メカニズム」と見做すそれが「メカニズム」だ、と衆目の一致するところなのか危ういので、意図的に穴を空けておきます。

 彼の送り出してきたシステム、その最も代表的なものであるところの『セブン・フォートレス』シリーズとその派生物であるところの『ナイトウィザード』(まあ他は『セント・プリンセス』や『アリアンロッド』だけですが)を取り上げてみると、ぶっちゃけ基幹的には『トラベラー』や『ファイティングファンタジー』に毛が生えたようなものです。「システム自体はシンプル、ベーシック」と称されるのもむべなるかな。バーニングポイントやプラーナシステムも、『007』に始まり『WARPS』でRPGシーンに確立されたヒーローポイントの流れを汲むものと言っていいでしょう。通常戦闘システムと並列化した魔法システムや、剣技・闘気法といったオプション技はきくたけ的と言えるでしょうか(もちろん原型的なものはあるんでしょうけれどね)。

 また氏の特徴として、やたら表を振らせたがることが挙げられますね。特徴表やら性格表やら。こういった仕掛けはSNE的か?否です。ローズ・トゥ・ロードと結びつける方が適切でしょう。

 そもそも、SNEの生み出したシステム(翻訳除く。本来は「翻訳作品をどのように独自展開したか」ということも「SNE的」なるものの分析には必要ですが、それにしてもサプリよりリプレイの方が多いし、主に面倒という理由でパス…HT&Tは入れてありますが。あと例外としてガープス。ここではメカニズムが問題なので、ルナルとかは書かない)は以下の通りですが、

ウィザードリィ('88/'91)
ドラゴンハーフ('91)
大活劇('92)
ガープス('92)
クリスタニア('91/'94)
HT&T('91/'94)
ロードス島戦記('89/'95)
央華封神('94/'01)
ゴーストハンター('94/'02)
スクラップド・プリンセス('03)
六門世界('03)
ゲヘナ('03)
SW('89/'96/'04)
 SWカード('02/'02)

所謂メカニズムにおいて「SNE的」と言うべき性質があるか……共通性に薄いのではないかと思います。

 私は、きくたけ氏の諸システムを敢えて「SNE的」と言い表すべき要素があるか、疑わしいと考えますが、にも関わらず氏が「SNE的」と言われてしまうわけを、次のように推察します。詰まるところ、SNEが一昔前のエポックメイカーであった、それだけのことなのです。SNEがエポックメイカーとなる前後に主流だったであろうスタイルに、端的に言ってしまえば「当時風の」(あるいは「今風でない」)スタイル*に、「SNE的」というラベルを貼っているだけなのだと、私はそう考えています。

* 一応付記しておくと、ここで言った「今風」という単語には、D&Dのウェイトを除いたRPGシーンでの、という注記を入れた方が適切でしょうね。

 エポックメイカーがいる時代にあっては、必ずしも「それ」が創造したものでなくても、「それ」に近い要素、あるいは流行りの要素が「それ」的なものとして認識されます。昨今でも、『ガンドッグ』や『ゲヘナ』がFEARっぽいと言われたりして、あざけりや過剰反発を誘発した、ということがありました。この二つの場合はデザイナーサイドが「参考にした」と明言したりしているわけですが、別段この二つに限らずとも似た事例は起こっています。「ルールブックのレイアウトをきちんとしろ」という言説が反FEAR論争への口火となったりしますからね……



 さて、では「SNE的」と言われうる要素は一体どのようなものか…まず、きくたけ氏が「リプレイ」というものをゲーム展開の中心に据えている辺りは「SNE的」と言えるでしょう。これについては文句なくSNE的、と言っていいと思います。そもそも「リプレイ」という商品を確立したのがSNEですしね。ですがまあ、「リプレイ」というものは今や業界で汎的な市民権を獲得しているわけで、ここを以て「SNE的」とするのは若干弱い気もします。むしろ、リプレイを通じて広まったプレイスタイルが、「SNE的」と言い得るのではないでしょうか。

 ついでに、冒頭引用からまた引いてきましょう。

確かにリプレイこそF.E.A.R.的ノリで書かれているが、ルールブックの超あとがきにあるように、ひょっとしてSNE的なプレイスタイルにも耐えるようにシステム設計されているのではなかろうか。
(中略)
ただ、今言うFEAR的、SNE的というのはキャンペーンの作り方について言っているわけで、………

 ここではメカニズムでなく、「プレイスタイル」の近縁性について言及されていますね(その後に「FEAR的、SNE的なキャンペーンの作り方の相違」について書かれているが…)。

 ではその「SNE的プレイスタイル」とはどういったものか…私が思うに、それは次のような特徴を持っています。

・よろず問題を(主として)依頼されて解決することを生業とした職が在る
・その職は、一定規模の集団体制をとる
・その職をある程度束ねる構造が存在する
・PC達はその職業集団である
・PC達はその職種の下っ端から始める
・PC達はやがて一人前になり、ゲームを終える

 端的には「冒険者と冒険者パーティーと冒険者の宿」というパラダイムのことを示しています。無論のこと、要素要素自体は昔からあったものなのでしょうが(ウィザードリィのアレとかね)、この三位一体の創造者はSNEである、と私は推定します(いきなりですが、これはただの大風呂敷です…まあ少なくとも、新和D&Dやローズ・トゥ・ロードの時点では存在しないことは確認しましたがね)。少なくとも、SNEがこの概念を以て日本RPGの市場規模を拡大していった、これは確かでしょう。

 SNEのRPGには、ほぼ全てに上の三位一体が世界観メカニズムに組み込まれているのです。先に挙げた作品リストで言えば、例外はスクラップド・プリンセスRPGくらいでしょうか(そして、棄てプリはまさに、それに代わる構造を提供できなかったがために失敗した、とさえ言えるでしょう………問題はそれだけじゃないんですけどね)。そして自社製品のみならず、翻訳作品においても、SNEの展開には上の構造がついて回ってきました。ファンタジーのみならず、です。

 そしてこの非常に便利な三位一体が、当時のRPGシーンを彩る一大パラダイムだったのである、と私は考えています。まあ、今でも大きな力を持っていますけれどね。



 さて翻って、きくたけ氏の話。きくたけ氏のシステム、端的には『セブン・フォートレス』にもこのような構造が搭載されていたわけです。即ち、探索者と探索者協会という世界観メカニズムが。初代、アドヴァンスト、クラシックとこれは存在しました(まあクラシックは初代の復刻なので、当然ですが)。

 ここで、これがきくたけ氏に特徴的に見られる問題なわけですが、野郎自分の記述した世界観を全くスルーしたリプレイを出し続けやがる。まあ、元はと言えば、ルルブの記述より氏と氏の卓のノリが先立って存在した世界ですから、氏的には優先順位は明らかなのかもしれません……「リプレイに関しては『きくたけリプだから』としかコメント出来ないなぁ」とか「デザイナーのリプレイさえなければなぁ」といった声が囁かれるわけです。平然とぶちこわしますからねあの漢。ルルブを読んでいてはきくたけゲーはプレイできない。デザイナーとメカニズムが最も乖離しているとはよく言ったものです。

 氏がアドヴァンストでバーニングポイントを削除したのは、「どうせシステムなんか関係なく熱いプレイをするんだから」と開き直って、「己のSG的美観に基づくと美しくないメカニズムなので排除しよう」という心性を発露させたと邪推しているんですが、どうでしょう(バーニングポイントシステムというのは、このポイントを消費して燃えな行動を宣言すると、それが実現される、というステキシステム)。


 とまれ、冒険者パーティー組んで依頼受けて冒険するという黄金パターンを、システムはそう宣言していたもののデザイナーがスルーしがちであったり、また『ナイトウィザード』以降はこのようなメカニズムがなくなったという関係上、この辺りにおいてもやはり「SNE的」とは言い難いなぁ、と思うのであります。
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コメント

もの凄くいい文章で、色々言いたいんだけど二点だけ。
とりあえず、もともとの「るう氏と漏れの対話」では、SNE 的と FEAR 的の定義は Laeva 氏が想定しているようなものになっていない。
で、漏れもるう氏もその定義に基づくと、Laeva 氏と同じ結論を出してるんだわw というわけで、たぶん Laeva 氏もともとのるう氏の文章のその部分を誤読しているw るう氏の最後のコメントを読み直すと分かると思うよ(漏れがそっちに補足を入れておいた。漏れの部分に関しては転載可)。

でも、繰り返すともの凄く良い、生産的な勘違いだ。だって、結果的に
 1. 二つの異なった公理形で、きくたけの作るメカニズムの特殊性が言えた
 2. SNE 的「依頼型シナリオオンリーの束縛」は、RPG のパラダイムとしてある一時点から発生したものであり、本来的な制約ではないのではないか?という問題意識
の二つがクリアになった。これが、一点目。

二点目。研究の仕方について、というか追加参考文献の紹介。
一つ目の参考文献:
「依頼型シナリオは SNE 的」という言明は、ジオ亭通信#10 で櫻井ばく(漏れの師匠)が書いてるw 櫻井ばく、陰謀のすすめ 非パーティ指向マスタリングのために、ジオ亭通信#10(初出)、ジオ亭拾遺(再掲) pp.266, 2000. を参照。
二つ目の参考文献。
「SNE 的とは、歴史的なパラダイムであるという言説は、日本における各メカニズムの発達史を追うことで論証できる」という部分は、Laeva 氏の(漏れの知る限りにおいて)オリジナルな、素晴らしい部分。
なので、こちらを参照することを勧める:
http://tmiya.blogspot.com/2005/10/rpg-history-of-japanese-rpgs.html

>>RPG史
そこよりとりあえずこちらがお勧めです。
RED DATA
http://www.hi-ho.ne.jp/ragou_onmyouji/redd.html
TRPG Library
http://homepage2.nifty.com/zuityou/trpgdate/year.htm
最近年のデータはとりあえず自力でなんとでもなりますので無問題。

あ、ジオ通の既刊が欲しければ、PDF データ譲るよ。

ところで。
>この性質は、FEARからすでに淘汰されている、という事実は提示しておきますが……ところでツクダ製SGを畑に育ったRPG業界人って他にいるんですかね?
むかし、金沢尚子女史が、「ツクダのダイスを捜すのが古参ゲーマー」と書いていた。
つまり、問題は逆なんじゃないかなぁ?彼女の年代層って全部そうで、SNE が例外的に安田スクールってだけと違うだろうか。

えーと、とりあえずですね、
【「シナリオの核心における『戦闘』においてこそ、ルールは極力無視すべき」
というポリシーがあるのが FEAR 的】
これ違うんですよ。
「SNE的」のところで切って載せてしまったので誤解が発生してると思うんですが、「演出戦闘」が「FEAR的」なわけではないのです。
あ、「演出戦闘」概念の把握自体はお書きになっていたもので問題ありません。

あ、そういう意味ではなくて、これを機会にトラックバックなりを送って、先方と知り合いになっていたらどうだろう、という意味でした。
いや、確かにこの分野の大家相手には失礼かも知れないけれど、問題意識が非常に近くて、かつ議論のベースがあるのだから、胸を借りるつもりでドーン、と。

ナ、ナンダッテー
こ、これは醜態をお見せしてしまいまことに申し訳ございません………
ご期待に沿えるようなりたいものです。

ところで
>>SG畑
FEARの母体であった怪兵隊時代よりTruth in Fantasyシリーズなどの著者層であったことを考えると、FEARの人々がSG畑だとは考えにくいと思うのですよ。ファンタジーに偏りすぎてはいないかと。

なるほど!
心性が自閉的に過ぎました。とりあえず手元の火事を鎮火したら考えます。

 えー、コメント3でご紹介して頂いたtmiyaです。実はこちらのblogは、面白く、かつ尤もだと思える記事が連載されており、ずっと拝見させて頂いておりました。
 件のWikiは、仕事が暇な時期に開始したものの、最近は忙しくて放置気味です。ただまぁ、海外向けに日本のRPGを紹介するというのは、いつかやりたいものだと思っております。
 そういう意味で、こちらで良い論考(SNEパラダイム論とかFEAR論とか)などが完成いたしましたら、是非英訳して紹介したいものだと思っております。
#匿名血族.S さんには、ArM関係でお世話になったかと。その節は色々と御教授ありがとうございました。

>>12 laeva
いや、マイトレーヤの作者氏(著名なヒストリカル前近代 SG プレイヤー)等に見られる通り、ファンタジーに偏ることと SG プレイヤーであることは矛盾しないです。
大体、ツクダホビーこそはヒストリカルからアニメ・架空路線の SG 出版、ついで RPG 出版の分野を開拓したパイオニアの一つですから、むしろ整合性は高いと思いますね:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

>>tmiya 様
Salve, sodalis.
ひょんな訳あってw 匿名にしておりますが、おっしゃる通りです。あと、実は以前ルーンクエスト雑談所の方でもお世話になったような気がするのですが……これは、私の記憶違いかもしれません。
なんにせよ、私の apprentice をよろしくお願いいたしますw

確かに>>マイトレーヤ
ツクダがRPG出版のパイオニアであるが故に、SG畑である必要がなくなる──とか思ったりもしていたのですが。

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