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えーと、とりあえず 

 全体としてどういうことを考えていたのかを示すために、書きかけの部分を投げておきます。

 後ほど統廃合。

 うーん、やっぱ半分投げるとかしちゃあかんなぁ、最初ッから。今後の反省に。
 以前の記事は、端的には先月初めに某先輩が、というかどうせここは氏の目に入るだろうので、るう氏が書いていた(引用されると不快、だった場合はおっしゃって下さい)、

今、世界設定を読んだわけだが、思った以上に伏線が張ってあってキャンペーンネタが作りやすくできているようだ。ふむふむ。
確かにリプレイこそF.E.A.R.的ノリで書かれているが、ルールブックの超あとがきにあるように、ひょっとしてSNE的なプレイスタイルにも耐えるようにシステム設計されているのではなかろうか。
普段私は、FEAR的(といっても全てのFEAR系TRPGがそうだと言っているわけではない)とは「ストーリーとノリはゲームシステムに優越する」、SNE的(といってもry)とは「ストーリーとノリはゲームシステムの運用で表現する」という意味で考えている。言い換えればFEAR的=キャラクター重視傾向、SNE的=システム重視傾向とかか(どちらももう一方を軽視しているといっているわけではないので念のため)。
ただ、今言うFEAR的、SNE的というのはキャンペーンの作り方について言っているわけで、FEAR的=世界設定を追加しうる大事件、SNE的=世界設定を補完しうる大事件、という傾向があるように思える。NWとルナルのリプレイを比べてみればわかるだろう。
ふと、FEAR的=ダーレス的、SNE的=HPL的、というのが頭をよぎったが、きっとそんなことナイヨネ。

という文章へ何かコメントしようとして、どうせなら一個何かまとめた文章を書くかー、と思って結局ずっと冬眠していた後の結果……のそのまた断片だったのですが、とりあえずまた冬眠させるのもなんなので、手早く回収せんとす。とりあえず直接のコメントとして。



 私には、氏の言う「SNE的」「FEAR的」という単語が全く理解できません。SNEのどの著作から「ストーリーとノリはゲームシステムの運用で表現する」プレイスタイルが導けるのか、分かりません。またFEARのどの著作から「ストーリーとノリはゲームシステムに優越する」というプレイスタイルが導けるのか分かり ── まあ、こちらは推察できます。氏の文章から推察するに、専ら「きくたけ」という人物しかサンプリングしていないのではないでしょうか。そしてこれが正しいとしたら、それは大いなる誤解につながる、と言わせていただきたいところです。きくたけ以外のリプレイも読んだ方がよろしい。

 私に言わせれば全く逆 ── まあ、逆と言うのは語弊なんですが ── つまり、FEARの諸システムの方こそが「ストーリーとノリはゲームシステムの運用で表現する」と言うべきものであって、SNEの作り出した諸システムに比べ、ストーリーやノリをシステム的に運用・制御するという点において進歩しているのだ………というのが私の意見なわけです。




 きくたけ氏は業界において特異な存在ですし、FEAR内部においてもまたそうであると言えるでしょう。S師は上へのコメントで、

おそらく、N◎VAの印象が FEAR には強いのだろうけど、あそこの中は元々全く異なった系統の作者達が、後に統合されたという経緯があって、その中できくたけはノリこそ天羅に近いものもあるかもしれないけど、そもそもシミュレーションゲーマーなんだよね。比較的オーソドックスなメカニズムに対して、「萌え・燃え」という意味で破天荒なポリシーを搭載するのが、一番得意なはず。

と述べていらっしゃいますが、その通り、きくたけ氏は「元々全く異なった系統の作者達が、後に統合された」という性質を残した数少ない人物です(この性質は、FEARからすでに淘汰されている、という事実は提示しておきますが……ところでツクダ製SGを畑に育ったRPG業界人って他にいるんですかね?)。

 所謂「FEARゲー」の確立の横で、自らは変わらず『セブン・フォートレス』を継続させましたし、最近でも独自の人脈を活かして『E-LOGIN』誌や『マジキュー』誌にと露出を広げていったりしています。その独自なラインは、『アリアンロッド』を出した時に、「『セブン・フォートレス』系列を他の昨今のFEAR風にシフトさせた」だの、「SNEっぽいFEARゲーを送り出した」だの言われた辺りからも察せられるところでしょう。



 まあ、この辺りの位置から、上の文章に対するS師の以下のようなコメントが引き出されるわけですね。
うーんと、作者がきくたけで完結しているなら、彼の作るメカニズムはむしろずっと SNE 的で一貫しているので、そういうことなんではないかなぁ?

 ここで一旦、私はここに、そして冒頭の引用に現れる「SNE的」という単語に疑念を表明しておきます。氏、つまりきくたけ氏の作ってきたメカニズムは「SNE的」か?

 敢えて言明しますが、そんなことはありません*。

* 正確に言うと、一つあるのですが、私が「メカニズム」と見做すそれが「メカニズム」だ、と衆目の一致するところなのか危ういので、意図的に穴を空けておきます。

 彼の送り出してきたシステム、その最も代表的なものであるところの『セブン・フォートレス』シリーズとその派生物であるところの『ナイトウィザード』(まあ他は『セント・プリンセス』や『アリアンロッド』だけですが)を取り上げてみると、ぶっちゃけ基幹的には『トラベラー』や『ファイティングファンタジー』に毛が生えたようなものです。「システム自体はシンプル、ベーシック」と称されるのもむべなるかな。バーニングポイントやプラーナシステムも、『007』に始まり『WARPS』でRPGシーンに確立されたヒーローポイントの流れを汲むものと言っていいでしょう。通常戦闘システムと並列化した魔法システムや、剣技・闘気法といったオプション技はきくたけ的と言えるでしょうか(もちろん原型的なものはあるんでしょうけれどね)。

 また氏の特徴として、やたら表を振らせたがることが挙げられますね。特徴表やら性格表やら。こういった仕掛けはSNE的か?否です。ローズ・トゥ・ロードと結びつける方が適切でしょう。

 そもそも、SNEの生み出したシステム(翻訳除く。本来は「翻訳作品をどのように独自展開したか」ということも「SNE的」なるものの分析には必要ですが、それにしてもサプリよりリプレイの方が多いし、主に面倒という理由でパス…HT&Tは入れてありますが。あと例外としてガープス。ここではメカニズムが問題なので、ルナルとかは書かない)は以下の通りですが、

ウィザードリィ('88/'91)
ドラゴンハーフ('91)
大活劇('92)
ガープス('92)
クリスタニア('91/'94)
HT&T('91/'94)
ロードス島戦記('89/'95)
央華封神('94/'01)
ゴーストハンター('94/'02)
スクラップド・プリンセス('03)
六門世界('03)
ゲヘナ('03)
SW('89/'96/'04)
 SWカード('02/'02)

所謂メカニズムにおいて「SNE的」と言うべき性質があるか……共通性に薄いのではないかと思います。

 私は、きくたけ氏の諸システムを敢えて「SNE的」と言い表すべき要素があるか、疑わしいと考えますが、にも関わらず氏が「SNE的」と言われてしまうわけを、次のように推察します。詰まるところ、SNEが一昔前のエポックメイカーであった、それだけのことなのです。SNEがエポックメイカーとなる前後に主流だったであろうスタイルに、端的に言ってしまえば「当時風の」(あるいは「今風でない」)スタイル*に、「SNE的」というラベルを貼っているだけなのだと、私はそう考えています。

* 一応付記しておくと、ここで言った「今風」という単語には、D&Dのウェイトを除いたRPGシーンでの、という注記を入れた方が適切でしょうね。

 エポックメイカーがいる時代にあっては、必ずしも「それ」が創造したものでなくても、「それ」に近い要素、あるいは流行りの要素が「それ」的なものとして認識されます。昨今でも、『ガンドッグ』や『ゲヘナ』がFEARっぽいと言われたりして、あざけりや過剰反発を誘発した、ということがありました。この二つの場合はデザイナーサイドが「参考にした」と明言したりしているわけですが、別段この二つに限らずとも似た事例は起こっています。「ルールブックのレイアウトをきちんとしろ」という言説が反FEAR論争への口火となったりしますからね……



 さて、では「SNE的」と言われうる要素は一体どのようなものか…まず、きくたけ氏が「リプレイ」というものをゲーム展開の中心に据えている辺りは「SNE的」と言えるでしょう。これについては文句なくSNE的、と言っていいと思います。そもそも「リプレイ」という商品を確立したのがSNEですしね。ですがまあ、「リプレイ」というものは今や業界で汎的な市民権を獲得しているわけで、ここを以て「SNE的」とするのは若干弱い気もします。むしろ、リプレイを通じて広まったプレイスタイルが、「SNE的」と言い得るのではないでしょうか。

 ついでに、冒頭引用からまた引いてきましょう。

確かにリプレイこそF.E.A.R.的ノリで書かれているが、ルールブックの超あとがきにあるように、ひょっとしてSNE的なプレイスタイルにも耐えるようにシステム設計されているのではなかろうか。
(中略)
ただ、今言うFEAR的、SNE的というのはキャンペーンの作り方について言っているわけで、………

 ここではメカニズムでなく、「プレイスタイル」の近縁性について言及されていますね(その後に「FEAR的、SNE的なキャンペーンの作り方の相違」について書かれているが…)。

 ではその「SNE的プレイスタイル」とはどういったものか…私が思うに、それは次のような特徴を持っています。

・よろず問題を(主として)依頼されて解決することを生業とした職が在る
・その職は、一定規模の集団体制をとる
・その職をある程度束ねる構造が存在する
・PC達はその職業集団である
・PC達はその職種の下っ端から始める
・PC達はやがて一人前になり、ゲームを終える

 端的には「冒険者と冒険者パーティーと冒険者の宿」というパラダイムのことを示しています。無論のこと、要素要素自体は昔からあったものなのでしょうが(ウィザードリィのアレとかね)、この三位一体の創造者はSNEである、と私は推定します(いきなりですが、これはただの大風呂敷です…まあ少なくとも、新和D&Dやローズ・トゥ・ロードの時点では存在しないことは確認しましたがね)。少なくとも、SNEがこの概念を以て日本RPGの市場規模を拡大していった、これは確かでしょう。

 SNEのRPGには、ほぼ全てに上の三位一体が世界観メカニズムに組み込まれているのです。先に挙げた作品リストで言えば、例外はスクラップド・プリンセスRPGくらいでしょうか(そして、棄てプリはまさに、それに代わる構造を提供できなかったがために失敗した、とさえ言えるでしょう………問題はそれだけじゃないんですけどね)。そして自社製品のみならず、翻訳作品においても、SNEの展開には上の構造がついて回ってきました。ファンタジーのみならず、です。

 そしてこの非常に便利な三位一体が、当時のRPGシーンを彩る一大パラダイムだったのである、と私は考えています。まあ、今でも大きな力を持っていますけれどね。



 さて翻って、きくたけ氏の話。きくたけ氏のシステム、端的には『セブン・フォートレス』にもこのような構造が搭載されていたわけです。即ち、探索者と探索者協会という世界観メカニズムが。初代、アドヴァンスト、クラシックとこれは存在しました(まあクラシックは初代の復刻なので、当然ですが)。

 ここで、これがきくたけ氏に特徴的に見られる問題なわけですが、野郎自分の記述した世界観を全くスルーしたリプレイを出し続けやがる。「リプレイに関しては『きくたけリプだから』としかコメント出来ないなぁ」とか「デザイナーのリプレイさえなければなぁ」といった声が囁かれるわけです。平然とぶちこわしますからねあの漢。ルルブを読んでいてはきくたけゲーはプレイできない。デザイナーとメカニズムが最も乖離しているとはよく言ったものです。

 氏がアドヴァンストでバーニングポイントを削除したのは、「どうせシステムなんか関係なく熱いプレイをするんだから」と開き直って、「己のSG的美観に基づくと美しくないメカニズムなので排除しよう」という心性を発露させたと邪推しているんですが、どうでしょう(バーニングポイントシステムというのは、このポイントを消費して燃えな行動を宣言すると、それが実現される、というステキシステム)。


 とまれ、冒険者パーティー組んで依頼受けて冒険するという黄金パターンを、システムはそう宣言していたもののデザイナーがスルーしがちであったり、また『ナイトウィザード』以降はこのようなメカニズムがなくなったという関係上、この辺りにおいてもやはり「SNE的」とは言い難いなぁ、と思うのであります。


( ↑ ここまで前回 )

 しかし、きくたけ氏はやはり異端児ですわ……



 私も「ロールプレイとゲームシステムで、どちらかが優先された事例」を考えた時、まずはじめにきくたけリプレイでの事例を脳内検索しようとしたものです。正直この点、というか「きくたけがノリのゲーマーである」という点について、何か異議を唱えたり弁護したりする気は毛頭ありません。『セブン=フォートレス』の誕生を思うに、彼は「システムよりもストーリーよりも、それに先立ってノリがあった」男なのです。

 とまれ、具体的にどんな事例があるか?と考えたところ………うーん、ちゃんと読み返してないんで何とも言えないんですが(あと)、ファラウスの死亡判定やってないくらいかなぁ?まあ、きくたけが「ノリやロールプレイをシステムに優先する」という印象を強く持たれているのは、主として、所謂「演出戦闘」のせいでしょうね。このネタによく表れているといえるでしょう。

ゲームを始める前に言っておくッ!
おれは今やつ(きくたけ)のマスタリングを
ほんのちょっぴりだが体験した

い……いや……体験したというよりは
まったく理解を超えていたのだが……

あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!
「おれは奴の卓で戦闘を始めたと思ったら
サイコロを振らずに勝っていた」

まあネタはネタとしてですが、次のコメント群(るう氏文書へのコメント終末部)からも窺えます。

るう:
社員16人+外部要員では、十分なランダム化は難しいでしょうね*。

……あれ? NWもきくたけだったか。
あのノリはFEAR的プレイスタイルの代表格と思ったのだが。

匿名血族.S:
だって、きくたけはシミュゲー畑の人間なんだもの。

るう:
その割には、NWにはデータ面で激しい格差が認められます。
かつて○○○で行われた分析では、この問題を解決する一つの方法がリプレイに見られる演出戦闘であるとのこと(ランク別に複数敵を出してもいいが)。
N◎VAにおける神業も一種の演出戦闘と位置付けてFEAR的TRPGの特徴と見たとき、やはりNWはFEAR色の濃いTRPGだと結論付けるわけです。

匿名血族.S:
演出戦闘って概念は、実は僕にとっては未定義述語かもしれないなぁ。あとで検証してみよう。

るう:
演出戦闘:
正規の判定手順を踏まず、イベント的演出によって裁定される戦闘。

正確には、演出戦闘がFEAR的TRPGの特徴なのではなく、演出戦闘を許容するプレイスタイルがFEAR的。

* ちなみに、この部分はFEAR社のディベロップ、具体的にはシステムのテストプレイ方法の話題を受けての話。
お二方ご存知ないようなのでここで解説しておきますが、FEARの標準的テストプレイは「デザインに関わるなどしてシステムについて事前情報を持っている人間を排除、はじめてそのシステムに触れた人間をプレイヤー(GM含む)としてプレイさせる(スタッフはそれを、質問も受けず、指示も出さず、黙って観察)」ということです。さらに付記しますが、FEARのシステムデザインは基本的にチームで行われており(SNEなどは今でも個人体制が多いようですがね)、社内スタッフだけで事前知識を持たないテストプレイ要員を調達するのは不可能と思われます。
この点ですが、FEARの社長、鈴吹太郎氏が講師(アナログゲーム、「ゲーム構造学」担当だとか)をしているデジタルエンターテイメントアカデミー(講師陣をご覧あれ我々分野から見ても関係深い方が複数…)の生徒をテストプレイヤーとして起用しているのだ、と目されています(はっきりそう明言されたこともあったかもしれませんが……未確証)。昔で言えば、『エルジェネシス』シリーズを講義資料に使っていた旨は確言できます。ランダムサンプリングという点では不十分ではありますが、固定化という批判は誹謗となる、と言ってよいでしょう。


 まあ、上で言われていることでは、きくたけが云々でなく「FEAR的」という観点で論じられているのですが、ここでもある程度の偏見や誤解を指摘 ── 指摘、というほどここで理に踏み込むつもりはないので、指摘などと言うよりも、偏見や誤解があるのではないかと主張しておきます。

>>あのノリはFEAR的プレイスタイルの代表格と思ったのだが

 ここについては、繰り返させていただきましょう。FEARの戦略として「リプレイのきくたけ」を大々的に売り出しているということもあって、露出量という点できくたけ氏のリプレイが圧倒的という現実はあるわけですが ── きくたけ以外のリプレイもお読みなさい

 最近では『ダブルクロス』でデザイナー矢野氏がリプレイヤーとして売り出されてますが、まあこれでもよろしい。きくたけのスタイルとどう共通し、どう相違しているのか、一度お考えあれ。まあ、私は矢野リプレイよりもむしろ、一連のN◎VAリプレイをお勧めします。別に『ふりむけば死』とか古代作品へ遡れとは言いませんから(遡っても意味がありませんし)、「今のFEAR」の基部に生まれている傑作『トータルエクリプス』、あるいは近作の『カウンターグロウ』でもよろしい。

 ここで言いたいことは、最もリプレイで露出しているからといって、それだけをサンプルに「FEAR的=このようなもの」と決めてかかるのはいかがなものか、ということです。きくたけのスタイルから特徴を抽出してFEAR全体に投射し、そこから翻って「きくたけのスタイルはFEAR的である」などとするのは論の体を成していません。



 演出戦闘の話に戻ります。演出戦闘というのは、まさに「正規の判定手順を踏まず、イベント的演出によって裁定される戦闘」なわけですが、「演出戦闘がFEAR的TRPGの特徴なのではなく、演出戦闘を許容するプレイスタイルがFEAR的」というのはちょいと正確ではありません。「演出戦闘がFEAR的TRPGの特徴である」と言ってよろしい。何故ならば、所謂「FEARゲー」は、エキストラという概念の導入によって既に演出戦闘をメカニズム化・システム制御しているからです。その意味では確かに「演出戦闘という言葉で表される狭義のプレイングは排除されており、演出戦闘はFEAR的TRPGの特徴ではない」と言えるかもしれませんが、まあ、完全にできたわけではない、ということは言っておくべきでしょうね。排除しない方がいい場面はあるわけですし。

 メカニズムとしてルールに搭載している以上、「演出戦闘を許容するプレイスタイルがFEAR的」なのは正しい言です。では、

>>N◎VAにおける神業も一種の演出戦闘と位置付けてFEAR的TRPGの特徴

これはどうか。これは誤りです。こここそが、先程述べた「きくたけのスタイルから特徴を抽出してFEAR全体に投射」している個所であります。(ここ書きかけ)

 さて、今「演出戦闘」と呼ばれるものが表している問題はずっと過去からあったし、これはきくたけ氏が発明したものでもありません。その問題とは、所謂「雑魚戦」の問題です。より正確に言うならば、「物語的に意味の薄いシステム的戦闘」の問題です。PCが雑魚を相手にすることだけでなく、PCが雑魚になるという事象も含みます。


 後者について補足すると、所謂「超強力NPCが現れてPCになにかさせようとするのだが、それにPCが反発する」時などに起こる問題です。無敵NPCを相手に絶望的な戦闘をやらせてしまい、お互い引き際を見失ったままPCが全滅……などといった事故に心当たりのある方もいるのではないでしょうか。もとよりこのようなマスタリングは事故の元なわけですが……「ぶっちゃけ勝てないよ」などと言っても「いや、戦う」と返されたりね。若い、若い。それはそれとしまして、このようなことを実行する場合には、実際に戦闘システムを使って戦闘するのは避けた方がいいでしょう。不毛です。

 さてこのような状況を「エキストラ」メカニズムで表すためには、「じゃあ一旦シーンを切るよ。次はマスターシーンだ。場所は同じ所、ゲストのドラゴンとエキストラの君達がいる。君達はヤツの鼻息で吹っ飛ばされたよ。エキストラの君達は退場して、ドラゴンはフフンっと鼻を鳴らした。ここでシーン終了。じゃあ吹っ飛ばされた君達のシーンだ……」と言えばいいんですが(「ゲスト」とは書きましたが、別にN◎VAを想定しているわけじゃありませんよ)、N◎VA用語で言う「キャスト」格のキャラクターとして表されている人格が、一時的にエキストラとして表現されることに反発がないか、というと十分予測されることですしね……この辺が「完全にできたわけではない」ということです。まあ、GMとPLで合意とって、NPCに何かするよう言われるシーンを協調して演出する、の方が明らかに卓にとって好ましいんで、別に無理やりメカニズム的に強要する必要は全くないんですけれどね。


 さて前者の話。こちらの方が「演出戦闘」における主題的部分と言えるでしょう。絶対勝利すると分かっている戦闘に、プレイ時間を費やす価値があるか?多分これが最も原初的な段階の問題です。つまり、「勝ったでいいよね?」というヤツが、演出戦闘の原始的な形なわけです。(ここ以下書きかけ)



匿名血族.S:
だって、俺のロールプレイの仕方は、きくたけの再生産だもんな。たぶん、リアルでゲームするとあんな感じのシナリオを作ってくると思うよ、きくたけ。

るう
改めてリプレイを読んだところで、ARのリプレイがFEAR的展開を見せるのはPLが元凶と気付く。脱獄(リプレイ1巻2話目)とか。
GMのきくたけ自身はそんな状況を正確にゲーム的リソースに還元してるわけで、SNE的なシナリオ運用を見ることができます。

>>きくたけの再生産
に対する、
>>実はPLが元凶
のフレーズですが、半分正解、というところですね。プレイヤーとしてのきくたけ氏を見ると、「濃さ」「パンチ」という面では実のところそれほどではありません。ちゃんと悪ノリもしますし、特徴と言えば、プレイヤーなのについGM時のクセで状況描写をやろうとしてしまう、ということが挙げられるでしょうが………破壊力という面では、シナリオクラッシャー・井上純弌、暴走王・田中天、神プレイ大好き・鈴吹太郎といった面々に比べ、正直劣っていますし、またかわたな氏のような主人公プレイができているわけでもありません。彼のロールプレイだけ再生産しても、所謂「きくたけリプレイ」らしいノリにはならないでしょう*。

* 別に田中天氏に勝ってないからダメだとか、かわたな氏ほど上手くカッコよくないからダメだとか言っているのではありません。ちゃんと面白いです。

 上で「半分正解」と見解を申しましたが、つまり「半分不正解」と考えているわけですが、これについてもコメントさせていただきます。ついでに、

>>ARのリプレイがFEAR的展開を見せるのは

についても、合わせて見解をば(この点は「半分~」には関係ない)。

 きくたけリプレイのノリは、実のところ昔 ── それこそホビージャパン時代 ── から大きく変わるところではありません。PL(やGM)のノリで予定から外れますし、演出戦闘(のようなもの。無論当時こんな単語はなかった)も行なっています。ホビージャパン当時から、理屈よりノリ重視と言われ続けてきました。そして実はGMのきくたけ自身が、ノリであちらこちらに揺れる状況を、正確にゲーム的リソースに還元しているのっだ、というのも昔の通りです。読み物として洗練の度合いを高めているのは間違いないし、メンツの変化で色に違いができているのも確かですが ── その芸風に変わるところはありません。

 これを以て言いたいことは、つまり ── まず、あのような(ARAリプのような)展開を以て「FEAR的展開」と呼称するのは誤りであるということと、やはりあのノリはきくたけが生み出しているものであるということです。あの展開はプレイヤーが発生させているのではなく「きくたけ卓」が生んでいるのであり、きくたけ氏のセッションハンドリング ── それこそ、参加者の選別から ── こそが、あのノリ、あのリプレイ展開を生み出している、ということなのです。
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コメント

 もちっと書きたいとこがあったのだけど文章がまとまらなかったので断念。代わりに別の所について。書きかけと明記してる場所に突っ込み入れる形で申し訳ない
(というか書いてたら「自分のチラシの裏に書けば?」って感じになってきた気が…でもTBの仕方とか良く分からんのよね)
>演出戦闘
 記事に書かれている例(雑魚戦)で言うのであればそれはるう氏の所でのそれとは違うでしょう。(というか雑魚戦についてはしょる事は過去から処理の簡略化として行われてるし…最初に参加したキャンペーンでも経験したから10年近く前でも存在した、普遍的な行為だったのかは知らない…し、「じゃあ死んだ」はT&Tのゲームブックにものってる現象でしょう、戦闘の結果ではないですが。)

 「FEAR的」という言葉自体、そもそも演出戦闘がどうこうとは別の次元のものだと思っていたんですが、微妙に使用している内容に個人差があるのでしょうね…
 僕的には、TRPGシステムの質的な世代交代って
「ゲームの目的が何か?(楽しむこと、というのは当然として)」
 が変わった事ではないかと思っているのですが
(だからそこについて考え方が新しいシステムを「FEAR的」という事は有っても「SNE的」という言葉はあまり意識したことは無いなあという感想。まあRQ日本語版が世に絶えてからTRPGにはまったくせにSWよりRQを沢山やった「変な」サンプルなのでしょうがないのですが)

>>Maz氏
ええ、「その処理から得られる(統計的観点からの)結果を重視する」を真っ向から無視しているからこそ、きくたけが特異なのです。
これは「きくたけの」特徴ですし、だからこそ他に敷延されたら困るわけです。
あと、これについては書き加えておきますが、というかもう加えましたが、「エキストラ」という概念が演出戦闘のために作られたなどとは思っておりません。そもそも演出戦闘に重要性が在るわけでもありませんし、「FEAR的」ということから教条的に考えたらむしろ邪道とさえ言えると(確かに「許容するプレイスタイルはFEAR的」とは書きましたが、それでもなお)思います。

いや「FEAR的」の根幹部については単純な話、遠藤卓司の動きを追えばいいんですよ。
プレイング制御メカニズム史観
マギウスや福袋などの、ゲーム構造自体を大きく制限した所謂「一発ゲー」の類い
 ↓
番長学園、熱血専用、天羅万象の登場
 ↓
N◎VA-Rの登場
 ↓
ブレイド・オブ・アルカナの登場、以下「FEARゲー」の確立へ。同年、ビーストバインド登場。
 ↓
以下略
うーむ、一次元的矢印表現だと全然足りんな当たり前か。一番上にヒーローポイント系の流れを足す必要があるんですが。

ただし、この議論では Mark Rein・Hagen/Jonathan Tweet のラインが見えてこない。……しまった、V:tM メカニズム概論を、脱稿しておくべきだったか……
いずれにせよ、仮説を立てるのはいいんですけど検証がやっかいです。やはり、最初にある視点を定めてから、歴史的にメカニズムを並べて共時的な特徴の変遷を見るのが一番良さそうですね。並行して、web の議論や金沢さん、田中さんなどの社長以外の視点からのナラティヴな資料が必要になるでしょう。最後は、突撃インタビューかな?

この辺、もう少し関連研究が RPG 日本辺りに転がってないかを真剣に検討してみる必要があるかもしれませんね。
ちなみに、個人的に歴史的には、たぶん「門倉・きくたけ」ラインが先にあって、それを実装するためのメカニズムを FEAR 、特にストーリー生成をメカニズムの中に直接取り込もうとした山北氏あたりの努力があって、基礎的な "FEAR的" ゲームひな形が成立したのかもしれない、と思います。

 そうするとエキストラ戦闘というのは、
「結果がぶれる事を念頭に置かない行動を円滑に処理するために実装されたもの」
 なので、「ゲームの密度を上げられるシステム」として画期的ですが、それが新しいTRPGに何らかの際を大きく作ってる訳では無い、という帰結になるので、やっぱりきくたけ氏個人の与える影響がFEAR全体に拡大してるということで同じ結論に、あれ?
(以前ヒロイック周りで話したとこですが、エキストラという概念でTRPGが劇的に切り替わるところがあるのですがそれはこの内容とは直接には関係ないので…)
 更に、
>>N◎VAにおける神業も一種の演出戦闘と位置付けてFEAR的TRPGの特徴
 ここも上の観点で言うならPCが「何でもできる特殊能力を持っている(回数制限あり)」というだけなので、これが演出戦闘云々という話に直接かかわる事ではないという帰結になりやっぱり同じ結論、駄目じゃん。

 上の続き、
 僕個人の認識としては、ルールを重視する(無視する)というのは
メカニズム的な処理自体を重視する、
 ということではなく
その処理から得られる(統計的観点からの)結果を重視する
 というところかと思います。
(laeva氏は前者の意味で対比してるように思えるのですが、しばしばおじさん(笑)達の非難の槍玉に挙げられるのは後者の意味でルールを軽視した場合です)

おっと、しまった。良い文章を書いてくれたからこそ、(内容・表現双方の観点から)内輪的なコメントを投げるのは良くないな。
閉鎖的な空気を作ったら、不特定他者による自由な批評の可能性が減少するものね。それでは、学術的なコミュニティたり得ない。
伏してお詫びいたします。失礼いたしました。

やたら挑発的な芸風が含まれている模様ですが、それは編集の際どうにかなる予定です。
【今どうにかならなければ意味がないという噂】

徒弟の醜態、一度はお見逃しいただければ幸いですぅガフッ

喝ッ 非常に良い文章、いわばベリーナイス文章であり、もっと続きを書いて良い。どうしたホレ。
  • [2006/01/10 22:52]
  • URL |
  • 匿名かたりべ.S
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

 以前のるう氏の日記の頃から読んでいたんですが、結局これが関連するもの最初の書き込み。
 前の記事で
 「SNE的」と呼ばれているカテゴリーは実は過去のある時期におけるプレイスタイル及びゲームに関する観念に対して付けられた名称で、SNEの実態からの名称ではない。
 というのと同じ理屈で
 「古い」TRPGのスタイルから何らかの相違が見られる一連のシステム、プレイスタイルといった物に「FEAR的」という名前が付けられてしまっている、ということなのでは
(きくたけ氏は「新しい」人ではないですが、自身がかなり独特のスタイルを確立していて、そのスタイルがFEAR等がを登場させていった「次世代?」TRPGと相性が良かった…記事にある通り前面に押し出してあったと言うのもある…からそこに名前が良く出てくるということかと)

>>「古い」TRPGのスタイルから何らかの相違が見られる一連のシステム、プレイスタイルといった物に「FEAR的」という名前が付けられてしまっている、ということなのでは
文中でも既に触れてもいますが、そのような傾向はありましたし、あります。レイアウトについてもそうですし、最近はもう見られなくなりましたが、『熱血専用』や『番長学園』をFEARの作品だという勘違い(真正の)も一頃多く見られましたね。
しかし、同じエポックメイカーであったSNE製のゲームに比べて、明らかに特徴はあります。他社から「クローン」と呼ばれたようなものも出されましたしね。
何が「FEAR的」なのか、についても後ほど一筆書きます。

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laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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