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神話存在とシャドウラン 

 歴史篇第三章のコメ欄を受けてのgdgdを今更のように(宿題をやり終えた顔で)。冷静に見て、別にレスなわけではないとかはご愛嬌。
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【シャドウラン日本/歴史篇】第八章:そして新時代へ 

 再建は進み、最先端の社会インフラの整備もなされ、かくて新帝の下、日本は新たなる社会への一歩を踏み出したのである――その影に、止まぬ暗闘を抱えながら。



一.新たなる帝都、新たなる皇家、新たなる時代


 元祐親政という体制の一応の確立を経て、日本は新時代へ歩み出す。新たな帝都、新たな皇室はそれを象徴し、可視化した。

 63年、埼玉・神奈川や千葉の一部を含んだ東京圏は新都「東京新星市(ネオトーキョー)」として再編され、再建の途につく。こうして新都は神々の加護厚き、だが同時に最新の電子インフラを備えた都市として復興――復旧ではなく――されることとなる。翌年3月に開催されたワイアレス・マトリックス構想会議(WMIC)で、トランシス・ニューロネット社(現ネオネット社)によって東京新星市・関西市・仙台市・札幌市を中心とする大規模・広域なワイアレス・マトリックス普及計画が明らかにされ、ネオトーキョーは都市の新世代化を先駆けることとなったのだ(間もなく起こる「マトリックス崩壊」がこの計画を加速させたのは言うまでもない)。

 64年4月には、元祐帝とシアワセ財閥の令嬢倖ひとみとの間に婚礼の儀が執り行われ、日本は3年ぶりに「皇室一家/両陛下」を戴くことになる。併せて新都中央に皇居が正式に再建され、夫妻が住まう新居は、日本の「変化」の象徴となったのであった。



二.影に鉄火を孕みつつ、現代へ


 しかし元祐体制が盤石となったわけではない。企業の不平はやがて元祐帝の廃位を目指す策謀と化し、期待と失望とが最大であったミツハマを中心に、レンラク、ヤカシマ……数々の大企業がこれに加わっていく。以来、摂政米倉の手の者と、メガコープ工作員との暗闘は絶えることがない。

 だが企業勢力も一枚岩・安定勢力なわけでは決してない。「影の戦争」は未だ冷めやっていないのだ。日本に地歩を築かんとする外国企業。独自の地位を主張しはじめた中小の「新世代系列」。そして新時代とともに日本に舞い戻ってきたイーヴォ(旧ヤマテツ)。財界・産業界もまた、混乱と争乱を免れえない。

 2070年、今や成人を迎えた青年天皇の下、日本は新世界へ入るための荒波の真っ只中にいる。その混沌の中央、日本の影を走るのが、我らがPC達なのである。



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【シャドウラン日本/歴史篇】第七章:新帝施政の確立 

 新帝は権力を分け持つ者を一堂に会させ、その驚くべき方針を開示する。そして、様々な反対意見がありながらも、挙国一致への合意を得ることに成功したのだった。しかし。不満が消えたわけでは決してなく――



一.御前会議


 企業間の緊張の中、皇室は各メガコーポ代表を一堂に会させることに成功する。彼らに新帝、首相と神道最高位神職、龍冥の代言者などを加えた特別会議が開かれたのだ。これは登極以来、新帝がそのブレーン以外と直接に対話を持った最初の機会であった。

 長時間に渡ったこの御前会議において、風間首相と米倉摂政は並々ならぬ交渉力をもって企業の巨人達と具体的再建計画をつめ、これに挙国一致体制を取る合意を打ち立てる。また、新帝はここではじめて自らの施政方針を明らかにし、世界中に――無論、日本にも――衝撃を与えることとなったのであった。



二.施政方針


 まず国土再建の実施に関しては、神々とその祭司(の魔術)に委ねられ、企業は主に物資の輸送・供給に携わるものとされた。これは此度の大災害の一因が野放図な商業活動による「国土の霊的な疲弊・穢れ」にあると考えられたためで、「主要な再建が同じ企業勢力によって行われれば、この穢れを祓う機会が永遠に失われる」との神道側からの主張によるものである。

 そして、大和法が一部撤廃される。即ち、新帝が意向を明らかにしたところではメタヒューマンの解放と、独占経済保護の解除を行うというのだ。

 当然ながら、この方針は企業に不平を呼び起こした。どの企業もがそれぞれ独自の再建計画を擁し、議会でのロビー活動に力を尽くしていた。にも関わらず、彼らは皆平等に期待を裏切られることとなったのだから。また、この50年受け続けてきた国家の後援も失われるというのだから――だが結局、彼らは周縁領域(北海道、九州、千島列島にフィリピン)の復興を担当するというところで妥協させられ、大和法の改廃をも受け入れるところとなったのであった。



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【シャドウラン日本/歴史篇】第六章:新帝体制の始動 

 2062年年頭、若き泰仁親王が即位し、元祐の世がはじまった。新帝はこの国家的非常事態に当たって親政に乗り出し、即位まもなくして復興事業を開始する。



一.新帝体制と不和の種


 1月5日、14歳の泰仁親王は新帝に即位し、同じく大災害を生き残った数少ない係累である米倉太郎が摂政に指名された。彼らの親政は政界と神社界の支持と後援を獲得し、またグレートドラゴンの龍冥もこれに庇護の意を見せる。このような支持のもと、彼らは復興事業を速やかに開始したのだった。被災者救済・国土再建計画を策定し、実働力として海外派遣軍全軍へ本国帰還命令を出した他、ミツハマに警察力を供出させもした。

 だがその一方で、市場には指数下落の動きが見られた。摂政の米倉にヤマテツの影があると見る向きがあり、財界から難色が漏れたのである。ミツハマなどは、政府宛に「広範な支持を得られる有能な指導者なしには、復興は叶わないだろう」と公式声明を発したほどであった(これほどに公然と反対したのはミツハマのみではあったが)。

 また、宮廷内にも反発が見られた。かつて泰仁親王には鬼(オークの一種)として生まれついた腹違いの兄弟姉妹がいた(すぐに黄泉島に送られたという)と囁かれており、この噂によって彼の血統を「穢れ」ていると見なした者もいたのである。



二.影の戦争、一触即発


 そして新帝に対する反対のみではない。特に秋田・新潟といった北本州ではミツハマをはじめとするメガコーポの企業軍事力に、一時的ながら警察権が付与されていたのだが、その濫用は彼らの間に「影の戦争」を起こす寸前に至っていたのだった。

 ことは「コンピュータの暴走に支配され、周辺住民を脅威となっていた」レンラクの研究所を、ミツハマの部隊が制圧したことにはじまった。この「国難のさなかの助力」は世論の支持を捉えたのだが、彼らが撤退した後、レンラクの研究成果は根刮ぎ奪われていたのである。レンラクは公式には謝意を表明しつつも、裏で報復に走り――2日後、ミツハマの主席科学者を「事故死」させる。影の世界において、ストリートが戦争前夜となっていることは今や公然の事実であった。



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【シャドウラン日本/歴史篇】第五章:激震と、時代の終わり 

 そして、日本を襲った激震は、メガコーポ二つの喪失に留まらなかった。2061年、未曾有の大災害が全土を揺るがし、日本を引っ繰り返したのである。



一.紅と灰色に染まる島


 61年末、日本は炎の輪と灰の海に蹂躙されることとなった。その先駆けにして最大の災害となったのが、10月末に発生した雲仙普賢岳の大噴火である。この噴火により島原一帯が溶岩と火砕流により蹂躙された。天高く吹き上げられた軽石と火山灰は列島を覆い、大阪、そして東京までにも達し、降り注いだ。

 そして時を合わせたかのように全国各地で地震が多発(観測された最大のマグニチュードは7.2)し、それに伴う大津波も合わせて被害は甚大なものとなったのである。

 結局、公式に算出された災害による死者数は24万人に達した。それも、被害が大きかった一部の大企業アーコロジーの死者数は含めずにである(不名誉だと言って公表されなかったのだ)。



二.日輪落つる


 そして――年が明けて三日。衝撃的なニュースが政府から公表された。継日天皇が崩御し、皇室近親もほとんどが死去したというのである。皇室一家は、有明海沿いの天領にある神社の遷宮式に行幸中であったが、そこで火砕流か津波に巻き込まれたのだと目されている。

 首相の風間昭房は、この災害を唯一生き残った14歳の皇孫(九州の巫女には、不可思議で強大な魔術的保護が働いていたのが見えた、と言う者もいる)、泰仁親王による皇位の践祚を発表し、即位の礼は五日より行われると述べ――かくて継日の世は終わりを告げた。



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【シャドウラン日本/歴史篇】第四章:動乱と混乱のはじまり 

 第六世界に入って繁栄を続けた日本であるが、その繁栄にもやがて陰りが訪れる。2060年前後のことだ。最初の陰りは、二つのメガコーポを失ったことだった。



一.フチの崩壊


 一方の事件は『ダンケルザーンの遺言状』に始まる。このグレートドラゴンは、フチの内部保安の長マイルズ・ルーニアに莫大な株式を遺した――フチ最大のライバル、レンラクの株式を。ルーニアはレンラクの役員会に席を受け取り、フチを去った。2058年のことである。

 これを機に、フチとレンラクの間に、フチの内部諸派閥に激しい緊張が走り、この騒乱はやがて来る広範な企業戦争への引き金となった。

 さてレンラクの加速とともに、フチ内部の闘争と離反の動きも加速――崩壊への道を進んでいく。2060年、最終的にフチは解体され、その3分の1は新たにメガコーポとなったノヴァテックの礎となり、3分の1はレンラクに、3分の1はシアワセに吸収されることとなった。



二.ヤマテツの離反



 もう一方の事件は2059年に始まる。ヤマテツの会長、柴小路忠槙が亡くなったのだが、彼の息子にして相続人ユーリ・芝小路はオークであった。かくて2月に誕生したオークの最高経営責任者は、社会に大きな逆風を受けることとなる。他の企業も諸団体も、メタヒューマンが上層階級に席を占めることを忌まわしいものと見なしたのだ。

 この重圧の中、ユーリは会長として初の行動を行った。彼が育った地でもありメタヒューマンに日本より寛容なロシア、そのウラジオストクに本社を移すことに成功したのである。さらにヤマテツは、同年の6月に五行公司をはじめとするアジア各国の企業体が作る「太平洋共栄連合(PPG)」に参加し、その日本包囲網に加わるまでに至った。



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【シャドウラン日本/歴史篇】第三章:"覚醒"と日本 

 第六世界に突入した日本だが、"覚醒"の様々な側面に対しては、真っ二つに分裂した態度を取っていた。



一.龍神と神々


 2011年に富士山に姿を現したグレートドラゴン「龍冥」は、世界に第六世界の覚醒を告げる先触れとなった。日本でこの龍は概ね好意的に受け取られる。彼は"神国"日本への神寵の顕れであるとすら見なされるようになり、継神党と大和法の成立を勢いづけたのだ。実際、彼は日本で最も愛された「象徴」であった(泰仁親王の即位後は次席となったが)。彼の影響力は大きく、帰依者も数あり、また影の世界では極道における権力で名高い。

 他方では、八百万の神々と神官達が、魔術の復活によって復権するを得ている。この事実は天皇の力の強化にも結びついたのだった。なお、多くの神道家は龍冥のことを一柱の「神」と捉えている。



二.メタヒューマン


 しかしその一方で、第六世界、少なくともその前半における日本では、メタヒューマンは一般的に大きな差別を以て迎えられた。彼らは概ね「外人」より下の扱いを受けたし、身内に起きたゴブリン化は恥辱と隠蔽の対象となったのだ。2027年には隔離政策が実施され、フィリピン沖の火山活動によって新たに隆起した島(当初ラグラグ島と呼ばれた)に、フィリピンと日本のメタヒューマンが移送されることとなる。

 強制的に移送されたのは犯罪者に貧困層、家族に見放され難民化した層などであるが、それ以外の層からも自主的に捕囚に加わった者もいた(「生き恥を感じる」「周囲の視線が堪え難い」などの理由だろう)。この島は、捕囚の折に「黄泉」島と改めて名付けられた。

 他の差別事例としては、2056年に東京で開かれたオリンピックが挙げられる。この際、メタヒューマンはヒューマンと同じ競技に入ることを許されず、隔離されることとなったのである。同オリンピックにはIOC参加国の60%が参加を拒否し、この余波で2060年オリンピックは中止される事態になった。



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【シャドウラン日本/歴史篇】第二章:再臨する"帝国"日本 

 かつて敗戦の象徴であった核兵器を克服した日本は、再び帝国を名乗る。そして経済帝国としての進出を国策として強化し、やがては領土的拡大にも手を染めるのであった。



一.名実ともに"帝国"に


 国家主義的指導者たちは、軍事政策を同時代に許容されるぎりぎりのラインにまで推し進めていった。その果てにあるのが2005年の第二次朝鮮戦争である。

 この年、北朝鮮へ韓国軍が侵攻を開始したのだが、そして日本の軍隊はこれを支援した。戦争により発生する死の灰から日本国民を護るという「目的」だったと目されているが、この「目的」が単なる大風呂敷以上のものであったということは、日本の諸大都市に対する北朝鮮の一斉核攻撃によって証明された。奇跡にも見えることが起きたのだ。ミサイルは1弾も爆発しなかった。

 この事件は日本人の自信と態度に大転換を起こし――
 かくて翌年。日本帝国(Japanese Imperial State)が成立する。



二.日本帝国の拡大


 日系企業の影響力が世界中を覆っていったのを受け、議会はこの「企業の勝利」の「国家の勝利」への速やかな変換を進めていく。2012年、時の首相の風間嵩威と、彼率いる継神党が成立させた「大和法」は拡張政策と独占経済への枷を解き放つものだった(この世界は既にシアワセ判決後である)。

 主要企業は獲物を狙う鷹のように資本を駆り集め、世界中にそれを投下し、真の、つまり現在言う意味においての「メガコーポ」となって世界に屹立した。これらこそ、後に企業法廷に座を占める五社である。また、通貨が新円に変えられたのも同法によるものだ(国家経済のメガコーポへの依存を深める改革であった)。

 日本軍は常に企業の背後に付き従い、企業人と権益とを護っていた。そしてさらには、実際に対外軍事力の行使も行われたのである。2021年のフィリピン併呑(第48番目の県になった)を皮切りに、日本はその後ペルー、オーストラリア、そしてカリフォルニア(CFS、カリフォルニア自由国)まで侵出することになった。



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プロフィール

laevaと名乗っていましたが、呼ばれる際に恥ずかしいという問題が発覚して以来、にるば(nirva)と名乗ってます。RPG、ボードゲームなどが趣味。
 
 コメントへの返信が大体遅れておりまして失礼しておりますが、おそらく質問等は、twitterの方でしていただいた方が短時間で認知できる確実性が高いかと思います(右カラム参照)。

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