[アメリカの英雄像と弓] 3:抵抗せるアウトロー 

3.抵抗せるアウトロー


 この辺りでアメリカ人に話題を移していきたいのだが、アメリカの英雄ロマンとは、第一には「圧制をしく権力者に抵抗する」というものではないかと思う。宗教弾圧に抵抗して脱出したというピルグリム・ファーザーズ神話に始まり、暴君への抵抗による独立神話、そして今に至る、世界の独裁政権を攻撃する自由の旗手神話。そこにおける英雄像は選良豪傑タイプとは異なるものであろうし、またそれと弓の関係性もまた異なるものになるだろう。


○ イギリスにおける英雄ロビン・フッド

 さてアメリカの直接的基盤となったイギリスに目を向けるに、圧制をしく権力者に抵抗する民俗英雄と言えばロビン・フッドである。ロビン・フッドはアーサー王と並ぶイギリスの二大英雄の1人だが、アメリカでもロビン・フッドの人気は高く、彼を扱った映画・アニメーションはアメリカだけで40本に上る。アメリカに映画産業が集中しているという事情もあり、もちろんこれはイギリス本国よりも多い。

 参考:Robin Hood Films

(このリスト上で、アメリカ映画28/アニメ14/TV4、非アメリカ映画24/アニメ3/TV12となっている。TVで英米、仏米の合作が一つずつカウントされているので重複が2あることになる。TVシリーズでイギリスがトップな以外は圧倒的にアメリカに集中している)

 まあそもそものバラード等では権力者対抵抗者という構図を単純に当てることはできなかったりするのだが、そこはあまり追求しないこととする。近世近代を通じて、この構図で人気を得たのは間違いないのだから。

 さて――ロビン・フッド、シャーウッドの森のアウトロー、弓の達人、邪なシェリフ(代官と訳されている)や悪しき僭王ジョンに対する抵抗者、庶民の味方。彼はしばしば「義賊」の代表格として扱われる。フロンティア=未開の地にあって圧制に抵抗する者として、アメリカにおける射手イメージが、この森の英雄のイメージの系譜上にあったとしても、何ら不思議はないだろう。

 森のゲリラであるロビンのイメージは、豪放な偉丈夫というよりは俊敏で抜け目がない、スマートなものではないだろうか。先述した都市民型/遊牧民型のモデルで言えば、遊牧民型の方である。

 実際、他の西欧世界やその他都市文化の世界と異なり、ヨーロッパの辺境たるイングランド・ウェールズにおける弓術の社会的な一般性・地位は高く、また強弓というものも特異的英雄的なものでなく集団的文化として存在したのであった。いわゆるイングリッシュ・ロングボウである。

 13世紀末のウェールズ征服からイングランドの民衆にもこの武器の扱いはかなり浸透していた。エドワード三世などは日曜の「スポーツ(娯楽)」として弓術以外を禁じて、国民のロングボウへの習熟を促進しようとしたほどである。こうして生み出された大量のロングボウ部隊の運用によって、彼らはフランス軍に対する勝利を得ていったのであった。このようなことから考えて、イギリスにおいて、遊牧民モデルの弓の名手イメージが形成される条件は整っていたと言えよう。


○ ロビン的英雄像

 アメリカ独立やフロンティア開拓といった伝説にも、ロビンのような英雄像はしっかりと刻みこまれている。

 アメリカ合衆国憲法には、「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」と、人民の武装権が認められている。民兵、義勇兵というものは伝統的に重要な位置にあり、彼らは独立戦争にも(人民というものがイギリスに対して蜂起したという)大きな象徴性を与えた。ミニットマンはその代表的存在と言えよう。「東部諸州の森林地帯に潜み、暴政の末端であるイギリス軍に対してゲリラ的銃撃戦を挑んだ民兵たち」。まさにロビン的英雄像と言えるではないか。

 また西部開拓時代のアウトローたちもしばしばこれに当てはまる。西部開拓時代以来、都市部でマスコミやダイム・ノベルによってヒロイックに描かれた無法者のガンマンたち。彼らの中には、実業家や銀行を相手に強盗を繰り返しつつ、庶民には手を出さないという伝説を持つ者がいたのであり、そのような義賊ぶりが実際に当時の新聞を賑わせていたのであった。このようなヒロイック・アウトローの代表格として、「アメリカのロビン・フッド」と呼ばれ新聞上で人気を博したジェシー・ジェイムズやビリー・ザ・キッドなどが挙げられるだろう。


○ まとめとしてのモデライズ

 ここでは、アメリカにおける一つの英雄像の系譜、の神話的基礎としてのロビン・フッドについて触れてみた。金持ちや権力者の暴政に抵抗せるアウトロー、権力の外に隠れ潜む射撃の名手。そんな系譜である。実際にそのイメージを担ってきたのはガンマンだが、神話的には射手、ボウマンが象徴するわけである。

 ちなみに、この現代にもまだ、「俺はロビン・フッドだ」などと言い出す銀行強盗はしっかりとアメリカに息づいているようだ( →「神出鬼没! ささやき強盗」)。


2.都市民と遊牧民の弓術 ← → 4.西部劇のガンマンたち

[アメリカの英雄像と弓] 2:都市民と遊牧民の弓術 

2.都市民と遊牧民の弓術


 都市文化において、ほとんどの人間にとって狩猟は身近な行為ではなく、これは弓術の階層分化を生み出す。専門軍人の「武芸」の一つとしての弓と、兵卒の弱弓とに。一方、遊牧文化では弓は万人の基礎教養であり、誰もがかなりの程度で弓を使えるわけである。弓の達人、英雄の射手と言えば、第一には命中率の高さが条件に挙げられるのはもちろんだが、第二にもてはやされるものが両者で異なってくるのではなかろうか。


○ 都市民の弓術と英雄

 前近代の都市の心性においては先に述べた通り、武技の水準が階層分化しており、そこにおける英雄像とは大衆=兵卒に抜きん出た、選良たる偉丈夫・英雄豪傑というものになる。そしてそこにおける弓とは「余人にはとうてい引けないような剛弓」であり、これをギリギリと引き絞り、対手が鎧で身を固めあるいは壁で体を守っても、それを貫き通してしまうような光景が華になる。

 この手の「凡人にはとても扱えない武器」の話は、三国志などでおなじみだろう。宋の岳飛など、二十歳にならぬ内に三百斤(180kg)の大弓を引いたという伝説が残っている(現代の弓術、弓道やアーチェリーでの弓の重さは20kg程度か、それより軽い程度が普通だろう)。我が国では武士の代名詞に「弓取り」がある程だが、武家の歴史の中でも豪傑として名高い源為朝など、長さ八尺五寸(2.5m程度)もある、5人あるいは8人がかりでなくては弦を張れない剛弓を使っていたという。


○ 遊牧民の弓術と英雄

 一方、狩猟文化に馴染みが深い遊牧民においては、様相が大分異なる。軽装で石壁もあまり用いないところで、英雄一人にしか引けない剛弓など何の意味があるだろうか。それに、常識的範囲での剛弓がそれなりに一般的(特異的英雄的なものでなく)ということもある。例えば13世紀にローマの使節としてモンゴルへ旅をした修道士プラノ・カルピニは、彼らの弓について「弦の引く重さは166ポンド(75kg程度)余りで、その有効射程は2,300ヤード(180〜270m程度)に達した」と伝えている。

 またそもそも、彼らは弓自体にも改良強化を加えており、常識外れに重厚長大化した剛弓など使わずとも、名高い合成弓(コンポジットボウ)で強力な矢を放てたのである。

 結局のところ、遊牧民の戦いにおいては、豪傑的体格よりも、機敏さが評価されるように思われる。騎馬遊牧民の馬術と弓術を組み合わせた機動戦法が都市文明の民族を苦しめたことは古来、各地の史書に記されており、例えばヨーロッパの言語には、慣用句として「パルティアン・ショット」が残っているほどである。最初の騎馬遊牧民として名高いスキタイ人から先述のモンゴル軍まで、彼らはいずれも極力近接戦闘を避けて、動き回りながら矢を浴びせる戦術を取ったことで知られている。

 このような環境において、英雄たるの要件は疾さ鋭さ果断さ、敵対手からは卑怯や残酷と称される、という風になるだろう。弓も、剛力の一発よりも速射である。他を圧する体格などは、馬を潰すマイナスの要素とすらなりかねない。


○ まとめとしてのモデライズ

 定住/都市文化の英雄射手は、平民から体格的に抜きん出た偉丈夫だったりして、その体格にも相応しい長大なる余人にとても引けないような剛弓を使う。一方、遊牧文化の英雄射手は、体格は普通で、むしろ速さ機敏さが重んじられる。

 余談ながら、両者における武器の発展模様はこのモデルに親和的なようにも思われる。前者においては弩やクロスボウが発達し、機械を使って人力で引けない強さで弦を張るようになり、また武器自体も大きく重くなっていった。その一方で、後者においてはコンパクトな大きさを維持した合成弓が発達したのである。矢は重くすれば威力が上がるものだが、この弓のために使われた矢はむしろ小さく軽めなものであったという。


[アメリカの英雄像と弓] 1:農耕と牧畜、そして狩猟 

1.農耕と牧畜、そして狩猟


 人類の食糧文化と言えば、農耕と牧畜が二つの頂を示している。狩猟というものもあるではないかという声が上がるかもしれない。実際「日本人は農耕民族、○○人は狩猟民族で肉ばかり食っているから云々」というような言説を過去よく見てきたし、農耕/狩猟という対立的シンボルがあるかのようだ。

 しかしこれは狩猟の華々しさに目を奪われた話で、漁業はまだしも、狩猟は「産業」と呼べない。農耕や牧畜といった自然を飼い慣らす行いこそが、ある程度安定した食料供給に成功し、共同体の発展を為し得たのであり、「狩猟民族」と呼べるような狩猟メインの食料構造を持つ集団が、文明の名を冠し、史書に華を咲かすことはなかったのである。

 とは言え、もちろん狩猟行為(漁業も)はメインストリームとしての二大産業の傍らにずっとあったわけであり、農耕と牧畜を割合は様々であれ組み合わせて暮らす諸民族のタンパク源を補ってきたと言える。しかし、この二つのどちらにより狩猟文化が親和性を持っているかと言えば、それは圧倒的に牧畜の方である。

 農耕が主流な文化と牧畜が主流な文化、極端に類型化して言えば、都市民と遊牧民。この二つの間で、狩猟を象徴する弓という武器に冠する浪漫に差違が出るように思われる。



[アメリカの英雄像と弓] 0:乱戦での弓術? 

0.乱戦での弓術?


 昔の話だが、私がいた環境では、クラシックD&Dで「近すぎるから射撃はできない」というようなことをやっていた記憶がある。実際にはこれは誤りで、近距離だと命中に+1がもらえるのである。こんなことをしていたのは自分のところだけかもしれないが、実際のところ、弓というのは距離がある時に使われる武器なわけで、直感的に妥当でないとは言えない処理だと思う。

 ところでD&Dなどやっていると乱戦の中で弓を乱れ撃ったりするわけで、零距離射撃が基本戦術に組み込まれたりするのである。だが同時に、それに違和感を持っている人は少なくないようだ(少なくとも私に見える範囲では)。

 このような感覚がどの程度のレベルで一般的なのかはさておき、弓道の「大弓で、型に沿って体を成し、精神集中する」というような様相も相まって、日本人の弓観は静的or遅的になり過ぎているのかもしれない、などと思ってみたわけだが、かと言ってやはり乱戦乱射が偏っていないイメージかどうかと言えば、そうとも思い難い。

 映画版『指輪物語』において、エルフのレゴラスがやたらとアクロバットして派手な近接射撃戦闘を行っていたように記憶している。トールキンの原作では、近距離では普通に短剣を使っていた。この辺りを考えるに(いや、監督のピーター・ジャクソン自身はニュージーランド出身なイギリス人二世なのだが)、単にハリウッド的に派手な演出をしようという意図以上に、アメリカ人の心性に何か近距離乱戦弓術を許容する土壌があるのではないか、とそんな風に直感してみた。

 そんなこんなで思いつきを書き連ねて、ある程度まともっぽくしてみたわけだが、かねて、ひょっとして1記事が長すぎるのではないかと思っていたこともあり、細かく分けてポストしてみることにした。



[800字コラム] 枕草子:親を海に突き落とした男の話 

 枕草子、第287段(能因本数え)。



【原文】


「右衛門尉(うえもんのじょう)なる者の、えせなる親を持たりて、人の見るに面伏せ(おもてぶせ)など、見苦しう思ひけるが、伊予の国よりのぼるとて、海に落とし入れてけるを、人の心憂がり、あさましがりけるほどに、七月十五日盆を奉るとていそぐを見たまひて、道命阿闍梨(どうみょうあじゃり)、

 わたつ海に親をおし入れてこのぬしの盆する見るぞあはれなりける

とよみたまいけるこそ、いとをかしけれ」


【本文】


 男と阿闍梨と少納言の心情。これをどう解すかが問題となる。

 「えせなる」は「卑しい、よくない」を表すが、具体的に何が悪いのかは諸説分かれる。男の苦しみの理由次第で男への、そして少納言への共感度合は全く変わるだろう。「身分が卑しい」説の場合、「低階層の人間が頑張って中堅官僚になるも、出自の低さへ劣等感を持ち、遂にその象徴を消してしまった。でも愛してないわけではなく……人とは弱いものだよしみじみ」という話にでもなるだろうか。「老醜」「人格が卑しい」などの説もあり、先の解釈より身体感覚に近いだけ「お話」と捉える分が減り、同情の余地にも変わりがあるように思う。

 阿闍梨の心の方は二通り、人間の弱さに対する憐憫の情(人間弱いものだなぁ……)と、呆れからくる皮肉(殺しておいて供養か、しょうがない奴だ)とに解される。少納言の感想は難しい。あはれ、をかし、ともに「趣/風情がある、感じ入る」のような言葉だが、寄り添うようなあはれと異なり、客観的とされるをかしは遠巻きに見る感があり、その「をかし」を阿闍梨が歌を詠んだことに対して投げるわけだ。

 阿闍梨の歌を憐憫、「いとをかし」を「非常に趣のある」としたとしよう。枕草子の背後に見える少納言はそこで神妙に上品に、深々と同意しているような女性だろうか?私にはニヤけながらこう言っているように見えてしまう。「いやーホントいい話よね、趣深いわぁ」。

 斜に構え過ぎではないか。

 阿闍梨の歌は皮肉と解する方が少納言の人格はフォローされそうである。呆れをオブラートに包む阿闍梨、その呆れ顔を思って笑う少納言。そんな図を想像してもらえばよい。その方が枕草子らしいと私は思う。

 こうなると男には同情の余地がない方がいいというものだ。人々や阿闍梨には素直に呆れてもらおう。というわけで彼には単に、ダメ人格の親にキレて殺してしまうが習慣なので供養はする、みたいな輩であってもらいたいわけである。


【訳文】


「右衛門府で尉官をやっている男がいるのよ。そいつにはアレな親がいてね、そんな親を他人に見られるのを不面目でみっともないことだと思っていたのだけれど、伊予(愛媛)から上京しようって時にそいつは親を海に突き落としちゃったのよ。みんな噂して、悲しいとか情けないとか嘆かわしいとか呆れ返ってたんだけれど、その内に七月十五日になったのね。なんと、そいつが盆の供養を仏様にお供えしようって準備してるのよ。それをご覧になった道命阿闍梨が

『自分で大海に親を突き落としておいて、お盆にその親を供養しようっていうこの供養主の姿を見ていると、まったく、実に感じ入る何やらを受けるってものだよ……』

という感じに歌でお詠みになったんだけど、ほんっとウケるわよねこれ」
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ルドルフ・ヘス 〜 二十世紀のディオゲネース 

【ゲルマニア・タルムードより抜粋】


 このような話が伝わっている。

「将軍は、白昼に照明弾を上げながら自陣を歩き回った。憲兵が来て何をなさっているのか、と尋ねると、将軍は応えて言った。『わしは兵士を探している』。将軍は拘禁された」。

 そしてまた曰く、

「そのような時に、将軍は副官に営倉を指し示し、『MP達はわしのために住み処をしつらえてくれる』と謂うのが常であった」*1

 ラビ・ニルヴァナヘイム曰く、
 「この将軍は潰走した兵を立て直した直後であった」。

 またラビ・イム・ヴェルトクリーゲ曰く、
 「重営倉を我が家とし、愛された、最後の将校。まるでヘスである」。

 ヘスとは誰か。それは、闘争の証言者である*2
 ヘスについてはまた、『列伝』*3に次のように伝えられている。

「ある人から『ヘスはどんな人だとあなたには思われるか』と尋ねられて、『総統閣下だよ』とボルマンは謂った。『狂ってはいるが』」。

 ラビ・イム・ヴェルトクリーゲ曰く、
 「ヘスは、ディオゲネース同様の理由で愛され続けるに足る人物である」。
 また曰く、
 「ヘスにいま少しの知性があれば、大川周明になれただろう」。

 一方、総統のヘスについての態度は次のように伝えられている*4

「副総統が逃亡したのを探すようにと忠告する者たちに対して、『おかしな話だよ』と総統は謂った。『もし、ルドルフはアドルフ無しにも生きていけるが、アドルフの方はルドルフ無しには生きていけないとすれば』」*5

 また、こうも伝えられている*6

「総統が、『もし自分がヒットラーでなかったとしたら、ヘスであることを望んだだろうに』と謂った」。

 ラビ・ニルヴァナヘイム曰く、
 「ヘスであるとは、敵にすら住み処をしつらえさせる男であることである」。


【現代の注釈者の註釈】

 1) 未詳。固有名詞での伝承は確認されておらず、史料による裏付けもない。
 2) ルドルフ・ヘスが『我が闘争』の口述筆記者であることを示している。
 3) 邦題『ドイツナチ党員列伝』を指す。続く箇所は第六巻第五十四節にある。
 4) 同じく『列伝』からの引用であり、この箇所は同第五十五節にある。
 5) 同第四十四節より。
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電網夜話:銀英伝と制度構造 

 twitterのタイムライン上で、しばらく前に牧口が書き散らした銀英伝記事が言及されているのを見かけて懐かしくなったので、同日にmixiに放り込んでおいたそれに関する日記というか、件の記事が書かれるちょっと前にしたメッセのログ転載な日記をこっちに回収することにしてみた。ただのカレンダー埋めとも言う。
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[800字コラム] ドストエフスキー『賭博者』 

 本書のタイトルはその本質を一言で書き切っている。一見2つある題材――ルーレットと恋。だがこれは「賭博」の名の下に一つなのだ。

 アストレイが客観、ポリーナが愛(恋/賭博でなく)を割り振られている他は、主要人物は皆何かに賭けている。大敗あるいは火傷し、また上手くゲームを泳ぐ。主人公アレクセイは前半、ただ無防備な己をポリーナに投げ出し続けたが、これも己を質にポリーナの心に張るという賭博に他ならない。

 その賭けは常に失敗し――神の目で見れば、失敗に見える形で保留され続けた。だが父の賭けの敗北を見届け、保留する必要を失った彼女は遂に己をアレクセイに差し出す……この出来事は「未熟な若者に傷心の誇り高き女性は受け止め得なかった」とも語り得よう。だが敢えて、この愛が失敗したのは彼の「物狂おしい想念」が必然として愛を上回り、彼女が「二義的な位置に押しやられた」ためと言おう。この想念とは言うまでもなく、内なる「賭博者」である。

 恋/賭博しかできない彼は、当初ポリーナの愛を全く認識できなかったが、彼女の必死の吐露に遂に、「愛が転がり込んできた」ことを明確に理解する。彼が愛を一義とし愛に突き動かされていたならば、この愛を掴んだろう。だが理解の瞬間、彼を動かしたのは愛ならず賭博であった。「賭博者」が張ることなしに賞品を手にするなどあり得ない。

 主人公は転がり込んだ愛を顧みず、やはり賭博により愛を獲得しようとした。かくて彼は転がり込んだ幸運のままに行為の賭博には勝利し、だが、まさに賭博を使ったが故に愛を手放すことになる。愛は賭博の賞品/商品であることを拒んだのだ。

 終章、アストレイに真実を告げられて流れた彼の涙は、ポリーナが己を捨てたが故に二人が分かたれたわけでなく、自身が愛を棄てた故に今に至ったのだ、という真実を理解したがためであった。物語の始めから終わりまで賭博者であった男、それがアレクセイだったのである。
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